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【無料公開】「精神医療ビジネスの闇」発達障害バブルを引き起こしたチェックリスト

本書に掲載している一部を無料公開します(本書掲載時と若干表記が異なる点もあります)。

発達障害バブルを引き起こしたチェックリスト

 2023年9月11日、Yahoo!ニュースのトップにある記事が掲載されました。その見出しは「通常学級の3人に1人が発達障害」「発達障害の増加で『児童精神科の初診までの待機』が長期化」という衝撃的なものでした。これは、東洋経済 education × ICT編集部による特集記事であり、東洋経済オンラインに掲載されたものが Yahoo!ニュースにも転載されていました。発達障害バブルもついにここまで来てしまったのか、と私も驚きましたが、どうやらその数値は誤りだったようで、その後こっそりと11人に1人と訂正されていました。
 とはいえ、11人に1人という数値すら正しくありません。なぜなら、その根拠とされている文部科学省の発表は発達障害の割合でも可能性ですらもないからです。「通常学級の11人に1人が発達障害」という見出しは完全にフェイクニュースです。なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか。諸悪の根源は2002年2月から3月にかけて全国の小中学校で実施された「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」において使用されたチェックリストです。
 このチェックリストは2012年と2022年の同様の調査で使用されただけではなく、発達障害の疑いのある児童生徒を評価する際の指標や基準として教育現場で使われるようになりました。
 私は、このチェックリストこそが教育を破壊した元凶だと考えています。そして、このチェックリストに基づいた調査結果が初めて公表された2002年 10月21日は、日本にとって ターニングポイントであったと確信しています。その調査結果の不適切な発表と、それに伴う 不適切な報道が完全に日本を変えてしまいました。そこから発達障害バブルが始まり、発達障害ビジネスに子どもも親も振り回される結果となったのです。そしてそれは現在ますます猛威を振るっています。
 このチェックリストは、文部科学省が招集した調査研究会によって作成されました。そこには、都立梅ヶ丘病院副院長(当時)であった児童精神科医の市川宏伸氏など、その後日本の発達障害施策の中心となる人物が名を連ねていました。発達障害のうち学習障害(LD)とADHD、高機能自閉症について、診断基準に基づいてスクリーニング(ふるい分け)などに使われるようになった海外のチェックリストを参考に、調査研究会の専門家が独自に作り上げたのがこのチェックリストです。
 同チェックリストに基づいて、医師や心理カウンセラーではなく教員が児童生徒ひとりひとりに対して点数制で評価したのがその実態調査なのですが、チェックリストの各項目を冷静に読んでみると噴飯ものと言わざるを得ない内容です。章末に問題ある項目のチェックリストを掲載しておくので是非ご確認ください。
「初めて出てきた語や、普段あまり使わない語などを読み間違える」といった理解に苦しむも のもあれば、「大人びている。ませている」「独特な表情をしていることがある」などと主観で 評価せざるを得ないものもあり、「みんなから、『○○博士』『○○教授』と思われている(例: カレンダー博士)」「他の子どもは興味を持たないようなことに興味があり、『自分だけの知識世界』を持っている」といった、長所を摘み取りかねない内容まで含まれています。
 もしもこのチェックリストがあくまでもその表題の通り、純粋に特別な教育的支援について 調査する目的のみに使われたのであれば意味が違ったでしょう。問題は、その結果を発達障害 (ひいては中枢神経の問題)と強引に結びつけてしまったことです。質問項目の内容は、発達障害の診断に使われるチェックリストが基になっているので、それを用いた結果は発達障害の割合を示すと安易に考えていることが調査結果をまとめた報告書からうかがえます。
 2002年10月21日付の「今後の特別支援教育の在り方について(中間まとめ)」において以下の記述が見られます。

「本年文部科学省等が実施した『通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査』の結果から、LD、ADHD、高機能自閉症により学習や生活について特別な支援を必要とする児童生徒も6%程度の割合で通常の学級に在籍していることが考えられる」(※2002年の調査では6・3%という結果が出されていた)

 しかし、このチェックリストを用いた調査結果をもって発達障害の割合だと論ずることはできません。なぜならば以下の問題点、矛盾点があるからです。

・チェックリスト診断が不適切であるように、診断基準のチェックリストに当てはまるからと言ってその障害(診断名)に該当するわけではない。
・同様の症状を引き起こす別の原因が除外されていない。例えば学習環境が整っていないこ とで能力がありながらも学年相応の学力がまだ身についていない場合も、学習障害による困難と区別できない。
・診断に使われる本家チェックリストを簡略化した海外のチェックリストを参考に作成しているため、本家から二重に改変されたチェックリストになっている。本家ですらチェックリスト診断ができないのに、二重に改変されたチェックリストを用いた結果に妥当性があるのか疑問がある。
・調査の留意点として「本調査は、担任教師による回答に基づくもので、学習障害(LD)の専門家チームによる判断ではなく、医師による診断によるものでもない。従って、本調査の結果は、学習障害(LD)・ADHD・高機能自閉症の割合を示すものではないことに注意する必要がある」と明記されている。

 従って、通常学級の児童生徒の約6%が発達障害に罹患しているとしか受け取れないこの報 告書の表現には非常に大きな疑問があります。専門家からも非難の声が上がりました。当時日 本児童青年精神医学会の理事長であった山崎晃資氏も、この調査の手法や結果に対して以下のように疑問を呈しています。


 調査研究協力者会議で議論されていた頃、発達障害の診断をするためには、乳幼児期 の発達歴を詳細に調査し、面接や行動観察を繰り返すことが不可欠であることを文科省 の調査官にはずいぶん説明したのですが、全部省かれてしまい、結局六・三%という数 値が出てきたのです。確かあの数値が出た直後、日本児童青年精神医学会に担当した調査官がきて報告したのですが、会場が騒然となり、六・三%に対するクレームが出ました。要するに、安易な評価尺度を作って、学級担任が横断的に評価した結果であり、出
現率でも有病率でもないものです

                          加藤敏・十一元三・山崎晃資・石川元「座談会 いわゆる軽度発達障害を精神医学の立場から再検討する」
『現代のエスプリ』476号、2007年、 10頁、太字筆者

 しかし、この6・3%あるいは約 6%という数字はセンセーショナルに報道され、どんどんと一人歩きしていきました。有病率にはなり得ない数値が、様々な場面で有病率として扱われました。それは、発達障害者支援法の成立(2004年12月)に大きな影響を与えました。恐ろしいことに、この6%という数字は絶対的な指標となってしまったのです。それ以降、おかしな現象が多々見られるようになりました。例えば、教育現場では6%という数値を根拠として、30人学級では少なくとも2人発達障害の子がいるはずだという前提で発達障害探しが始まりました。
 私は、この調査や発表について文部科学省に何度も抗議しました。しかし、彼らは頑として 訂正や撤回はしませんでした。それどころか、同じ調査項目(チェックリスト)を用いた全国調査を実施し、2012年12月5日に「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な 教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」と題して調査結果を発表しました。当然のように、その結果はまたしても有病率であるかのように報道されました。
 私は、「発達障害の可能性のある」という表現を用いたのは不適切だと改めて抗議しましたが、間違ってはいないと開き直られてしまいました。確かに論理的には誤ったことは言っていないかもしれませんが、実態に基づかない誤ったイメージを与える点や、根拠はないのに過度に不安にさせるという点で不適切です。「あなたは明日死ぬ可能性がある!」という表現は間違ってはいないものの不適切であるのと一緒です。
 文部科学省は抗議に配慮したのか不明ですが、2022年の調査結果発表の際には「発達障害の可能性」という表現を一切使いませんでした(*)。担当者にも電話で確認しました。しかし、報道は「公立の小中学生8・8%に発達障害の可能性」(毎日新聞2022年12月13日)などと (日経や読売、NHKなど他のメディアも同様の報道)、勝手に書かれてもいない表現を付け加えてしまいました。発達障害バブルの引き金となった2002年10月の報道から20年以上経ちましたが、結局報道機関の姿勢は何ら変わらず、引き続き発達障害バブルの片棒を担いでいるのです。
(*)文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果(令和4年)について」令和4年12月13日
https://www.mext.go.jp/content/20230524-mext-tokubetu01-000026255_01.pdf

問題ある75項目のチェックリスト

<質問項目>

「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」

・聞き間違いがある(「知った」を「行った」と聞き間違える)
・聞きもらしがある
・個別に言われると聞き取れるが、集団場面では難しい
・指示の理解が難しい
・話し合いが難しい(話し合いの流れが理解できず、ついていけない)
・適切な速さで話すことが難しい(たどたどしく話す。とても早口である)
・ことばにつまったりする
・単語を羅列したり、短い文で内容的に乏しい話をする
・思いつくままに話すなど、筋道の通った話をするのが難しい
・内容をわかりやすく伝えることが難しい
・初めて出てきた語や、普段あまり使わない語などを読み間違える
・文中の語句や行を抜かしたり、または繰り返し読んだりする
・音読が遅い
・勝手読みがある(「いきました」を「いました」と読む)
・文章の要点を正しく読みとることが難しい
・読みにくい字を書く(字の形や大きさが整っていない。まっすぐに書けない)
・独特の筆順で書く
・漢字の細かい部分を書き間違える
・句読点が抜けたり、正しく打つことができない
・限られた量の作文や、決まったパターンの文章しか書かない
・学年相応の数の意味や表し方についての理解が難しい(三千四十七を300047や347と書く。分母の大きい方が分数の値として大きいと思っている)
・簡単な計算が暗算でできない
・計算をするのにとても時間がかかる
・答えを得るのにいくつかの手続きを要する問題を解くのが難しい(四則混合の計算。 つの立式を必要とする計算)
・学年相応の文章題を解くのが難しい
・学年相応の量を比較することや、量を表す単位を理解することが難しい(長さやかさの比較。「15cmは150mm」ということ)
・学年相応の図形を描くことが難しい(丸やひし形などの図形の模写。見取り図や展開図)
・事物の因果関係を理解することが難しい
・目的に沿って行動を計画し、必要に応じてそれを修正することが難しい
・早合点や、飛躍した考えをする( 0:ない、1:まれにある、2 :ときどきある、 3:よくある、の4段階で回答)

「不注意」「多動性-衝動性」
・学校での勉強で、細かいところまで注意を払わなかったり、不注意な間違いをしたりする
・手足をそわそわ動かしたり、着席していても、もじもじしたりする
・課題や遊びの活動で注意を集中し続けることが難しい
・授業中や座っているべき時に席を離れてしまう
・面と向かって話しかけられているのに、聞いていないようにみえる
・きちんとしていなければならない時に、過度に走り回ったりよじ登ったりする
・指示に従えず、また仕事を最後までやり遂げない
・遊びや余暇活動に大人しく参加することが難しい
・学習課題や活動を順序立てて行うことが難しい
・じっとしていない。または何かに駆り立てられるように活動する
・集中して努力を続けなければならない課題(学校の勉強や宿題など)を避ける
・過度にしゃべる
・学習課題や活動に必要な物をなくしてしまう
・質問が終わらない内に出し抜けに答えてしまう
・気が散りやすい
・順番を待つのが難しい
・日々の活動で忘れっぽい
・他の人がしていることをさえぎったり、じゃましたりする
(0 :ない、もしくはほとんどない、1:ときどきある、2:しばしばある、3:非常にしばしばある、の4段階で回答)

「対人関係やこだわり等」
・大人びている。ませている
・みんなから、「○○博士」「○○教授」と思われている(例:カレンダー博士) ・他の子どもは興味を持たないようなことに興味があり、「自分だけの知識世界」を持っている
・特定の分野の知識を蓄えているが、丸暗記であり、意味をきちんとは理解していない
・含みのある言葉や嫌みを言われても分からず、言葉通りに受けとめてしまうことがある ・会話の仕方が形式的であり、抑揚なく話したり、間合いが取れなかったりすることがある
・言葉を組み合わせて、自分だけにしか分からないような造語を作る
・独特な声で話すことがある
・誰かに何かを伝える目的がなくても、場面に関係なく声を出す(例:唇を鳴らす、咳払い、喉を鳴らす、叫ぶ)
・とても得意なことがある一方で、極端に不得手なものがある
・いろいろな事を話すが、その時の場面や相手の感情や立場を理解しない
・共感性が乏しい
・周りの人が困惑するようなことも、配慮しないで言ってしまう
・独特な目つきをすることがある
・友達と仲良くしたいという気持ちはあるけれど、友達関係をうまく築けない
・友達のそばにはいるが、一人で遊んでいる
・仲の良い友人がいない
・常識が乏しい
・球技やゲームをする時、仲間と協力することに考えが及ばない
・動作やジェスチャーが不器用で、ぎこちないことがある
・意図的でなく、顔や体を動かすことがある
・ある行動や考えに強くこだわることによって、簡単な日常の活動ができなくなることがある
・自分なりの独特な日課や手順があり、変更や変化を嫌がる
・特定の物に執着がある
・他の子どもたちから、いじめられることがある
・独特な表情をしていることがある
・独特な姿勢をしていることがある( 0:いいえ、1:多少、2:はい、の3段階で回答)


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