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サクラバ・ユウ・ショー 第4話


第4話

 地下の監房から出してもらえたジノだったが、小さな店員ルカに連れ出された先は一階のサロンではなかった。
 黒表紙に金文字の魔法書が散らばった彼女の秘密の隠れ処に案内された。錬金術とやらに付き合ってほしいらしい。竜角の粉と竜人の唾液がほしいのだという。
 悪態をつくと顔を近づけてきたので、見返してやろうとルカの瞳を覗いた。そのときから前後不覚に陥り記憶を失った。
 んでもって。
「ドウシヨウ……失敗シちゃった……」
 一時間後、ジノはカップケーキになっていた。

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「元に戻せやゴルァ!!」
「錬金術を、モダンに解釈しすぎたの」
 はてさてジノはいったいどうなってしまうのか。
 でも今は、碧咲たちのほうに話を戻しましょうね。

 それで、それで。

 *

 巨大化したゴーレムに追いかけられて路地裏に逃げ込んだものの、ゆるやかにカーブする石畳の小径の静謐さとは裏腹に混乱と疲弊でへとへとだった。
 見上げると建物の岸辺に挟まれた空が小川のように流れている。マダムの顔があらわれて肝を冷やしたが、さいわいこちらに気づいていないようだ。
 ユウと碧咲は肩で息をしてじっとしていたが静寂は打ち破られた。
「あーっ! ユウだ!」
 仲良しキッズ集団が男女混合でやって来る。ユウを見つけて大はしゃぎする。「今までどこにいたんだよ」「いっしょに遊ぼう」「ぼくんち来てよ」「ピアノの発表会来て」「ドッジボールしない?」「あっちにクソデカい蟹がいるから見に行こう」
「しーっ! 今それどころじゃないの……!」と碧咲がお姉ちゃんぶって言う。「静かにしてね? ね?」
 キッズたちは受け容れなかった。
「なんだよこの姉ちゃん。逆に騒いでやろうぜ!」
「そうだな」
 わーっ!がー!ギャー!グヮー!なー!ドヒー!イェー!ウェヒ!あああー!ラッ!
「やめて、マダムに知られちゃう……!」
 リボンの女の子が、ユウにパンをプレゼントする。
「よかったら食べてね。コンビニで買ってきたのよ」
「わあ、ありがとう!」
 女の子は碧咲をちょっと見上げてから、無視した。
「……お姉ちゃんのは、ないから」
「なんだこのガキ~!」
 わーっ!がー!ギャー!ラッ!
 うるさくしていた当然の結果として、巨大化した第二形態のハナエに聞こえてしまった。
 キッズ集団は最初観覧車だと思ったらしいが、そうではないと気付いて全速力で逃げていった。ユウが避難場所を思い付いて小さくなる背中の彼らに教えた。
 路地裏の中めがけてマダムの手が下りてくる。
「ユウよ……一緒に帰ろう……!」
 ユウをかばって、代わりに碧咲が摘まみ上げられる。それで空中へ引きずり出される。
「なに、おまえか!?」
「フッフッフ、私です」
「握り潰してくれるわ! 恩知らずのチビおんなめ!」
 メキ……ボキボキボキボキボキボキボキボキッ!!
「痛ぁーーーーーーーーーー!!」
 握り潰され、骨が粉々になった。
「もうだめだぁぁぁ……ぁぁぁだめだうも」

 その時である。
 碧咲の脳内にイケメン回転寿司が開店した。
 身体と脳に同時に過剰な負荷がかかったときにだけ出現するという、伝説の回転寿司が。
 その名は《ミゲル寿司》。
 イケメン板前のミゲル花丸が回転しながら寿司を握ってくれる心のオアスシである。
「らっしゃい! ピンチのようだね。言わなくてもわかるさ。まあ、カウンター席に座りなさい」
「ミゲルさん。私、今、全身の骨を折られてコンニャクみたいにふにゃふにゃなんですが」
「それは大変だね。でも、慌てちゃいけないよ。大事なのはくるくるだ。くるくる回るんだ。だって、急がば回れというだろう? つまり危急存亡の機には、回る寿司を喰えばいいのさ、ベイビー」
 くるくる、くるくるっ。なぜ板前が回っているかは謎である。
「ミゲルさん……ミゲルさんが回ると甘い酢飯の匂いが飛んでくる……素敵……!」
「今、伝説の寿司を握ってあげるよ。僕から君へ送る、君だけの特別な寿司さ。あのマダムに打ち勝つための、強く美しい寿司を、ぜひ食べてくれ」
 ミゲルは桶から酢飯を手に取りぎゅーっと握る。握りすぎてシャリが米粒ほどに凝縮されてしまった。
「いいかい? この凝縮米粒をたくさん用意するんだ。それらを集めてさらに一貫の寿司シャリを作る。それをまたぎゅーっと握り潰す。また米粒大になる。それらを集めてシャリを握る……何度も繰り返す……! その果てに出来たのが……これだ!」
 伝説の凝縮寿司。見た目は一貫の寿司だが、百億貫分のエネルギーが秘められている。
「質量がものすごいことに!?」
「その上にマグロの赤身を乗せるよ、見ててごらん」
「そのマグロは……?」
「普通のマグロさ、ベイビー」
「マグロは普通なの!?」
 食べると身体じゅうがエネルギーに満ち溢れる。今なら月まで跳躍できそうである。
「だけど、お代はいくらなの」
「きみの笑顔と勝利でじゅうぶんさ。それでは健闘を祈っているよ」
「ミゲルさん……!」
 安らかな笑みを浮かべたミゲルが、白い光に包まれてゆっくりと消えていく。
 意識が戻ってくる。
 碧咲の骨が再生する。強く握られても、もうびくともしない。
「カッチカチになっただと!?」
 ゴーレムは狼狽える。
「昔、私は財宝を守ってきた。侵入者はみな潰してくれた。今までこんなことはないぞ……」
 ユウが地上から叫ぶ。
「ハナエさんの自尊心が減ってる! 今がチャンスだよ!」
「自尊心が減ってるとか言われても、どうすれば」
「わからない、でもヘキサちゃんには、いやこの島の人たちには歌があるんだよ!」
「そっか、ラップだ! 私の想いを聞かせてやればいいんだね!」
 身体が握られていても喉は自由だ。都会の喧騒と遠い大海原の息衝きをバックに、自分自身のリリックを拙くも編み出していく。

 やっと迎えた第3次成長期
 だけど裏目だ大惨事、Hey ボウイ
 このまんまか背丈は このカラダ情けねぇな
 夜通し泣いた魂の底から
 もよおし吐いた、悲しいと喉から
 でも負けねー 目を開けて
 さもないと 明日はないぜ

 病気知らずで 奥義シラフで
 好奇心ラブで ここにいるバースデー

 秘めた破壊力 お供に来な
 冷えた魔界を喰うこともいいな
 巨人揺るがす 母音震わす
 アイランドサマー 再誕のパワー
 ハイパント蹴って当ててやるぜドタマ

 it's my way  この一歩の朝から
 いざなえ 遅い愚かなマダム
 ヒマだぜ もうちっとも怖かない
 縛られ hot heatのカラダだ
 疾駆 my days この尻尾のアダバナ
 見やがれ もっと理想の花咲かさな
 今は say ここ震動の狭間さ
 シアワセ? 泥道でもwonder rapper

 ハナエが碧咲をビルの屋上へ投げつける。だが寿司のおかげでカチカチだったので砂埃を巻き上げるだけで済んだ。
 ハナエは重低音ボイスを浴びせかける。

 おいそこの若いの お口にはよチャックしろ
 おいそれと世界の お宝は知らせねえぞ

 地下に広がる大迷路 守ってたよいつまでも
 私の身体は泥濘の 人形なのだよ最大の

 目覚めても maze days
 出たとこで death race

 愛してた 先立たれた 来たるものみな あれを狙った
 朝を呪った 信じなかった 甘いものなら あの人は笑った

 ふたりの火 flame up
 無礼者 blame it

 独りだった 寒い月夜だった 石の中から あの子が来た
 あたたかかった 信じると言えた お前のような 無法者じゃないから

 おいそこの若いの お口にはよチャックしろ
 呑気に歌っていても 世界は変わらねえぞ

 あんま好き勝手やってっと 人は去ってってすぐにデッド
 お前は無人のステージの 花吹雪のゴミだどうあがいても

 だけど碧咲はノリに乗って来て、立ちあがり巨人を見上げて調子よくディスり始めた。いきごみ盛んに、早口気味にその舌の動くこと、動くこと。

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 G'day mate(グッダイマイ)! 歌わなーい?
 愚痴ばっか 無駄じゃない?
 グッと来たかい この素敵なRhyme?
 ゴミなりに空舞い 遠くsky high

 いきなりデケえ図体で
 襲ってきてもその歩みはまるでカメ
 ダメ、ダメ、どっちが巨人か見せてやるって
 心の背丈はお前とタメ、いやこっちのが遥かに上
 ダセェ物語なんかカマされてもこっちには全然ノーダメージだ、何が無人のステージだ、こっちは親友を手に入れた
 お前こそもう周りには誰もいねぇ

 それが見えてんのか、巨人、お菓子食い過ぎて両眼、失明、したか? 自分のハートの位置が分かるか?
 ハートの在り処が分からないなら
 バカ殿並だな、アナタさいなら
 甘党らしいがまさかハイなんか、それとも死んでんのか、ハッキリさせてやるぜ今


 …………
「自尊心が減ってる! 今なんだよ!」
 ユウが碧咲に何かを投げつける。キャッチする。女の子からもらったパンだ。
「これでトドメじゃい!」
 碧咲は助走をつける。ビルより飛び立つ。そしてマダムの口めがけて投げつける。
「や、やめろ、それを近づけるなぁぁぁっ!」
 それは。

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「ぐあああああああああ!! 意識の低いパンを喰わすなあああああああ!!!」

 最後の一撃だった。宝石が散らばって地上へ転がっていく。まばゆい光の乱反射だ。

 ハナエは小さくなった。
 しかし想定していたより遥かに小さくなってしまった。
 というのも、赤ちゃんほどのサイズになっていた。
 小さな彼女を囲んでどうしたものかと碧咲たちが悩んでいると、折よくルカがやって来る。
「あれまなの。またこうなっちゃったの」
 ちっちゃいハナエは泣き喚いている。
「ハナちゃんやだやだー!! ユウちゃんと一緒にいたいー!!」
「え、えぇ……」
 駄々っ子ぶりに引いていると、ルカがハナエを抱き上げあやし始めた。
「私のせい、なの。遊んでばっか、だから、愛想、つかした。ユウちゃん、素直で、いい子だから、子供みたいに、された。家族じゃないのに、家族、みたいに」

 ルカは子守唄を歌い、ハナエを眠らせる。

 ネンネコシャンセ ネンコロシャン
 ネンネンセント
 マガクッド メンガクッド
 ナクナイヨ ナクナイヨ
 ツキヌカワイシャ トーカミカ
 メヤラビカワイシャ トーナナツ

「お別れじゃないんだよ」とユウが小声で話しかける。「たまに遊びに来るんだよっ」
 だって、流星島みんなのお人形さんでありお友達なのだから……。

 そんでもって。
 カップケーキの魔法が解けたジノが走ってやって来て、ルカを見つけて頭ぐりぐりしながら持ち上げる。涙目になっている。
 ユウは、これまでのいきさつをたずねる。碧咲も驚いて聞いていた。
 ユウは反省を促す。
「ジノちゃんは、口が悪いから、罰が当たったんだよ。わるぐちを言う子とは、友達になれないんだよ?」 
 ジノは驚いて猛省する。
「ユウさんがいうなら、心を入れ替える……!」
 彼女は心やさしき聖竜としての一歩を踏み出したのである。
 そいでもって。
「じゃあ撮影を続行しましょう」
 碧咲たちは午後の終わりの光に包まれてサーファーズ・パラダイスと呼ばれるサーファーの聖地目指して歩き始めた。

 流星島に長いサンセットが到来する。

 *

 彼女たちの再出発をビルの屋上から眺めている者がいる。ウニベルシオだ。
「見つけたぞ、ヘキサ。いつか俺のものにしてやる。そしてあの竜人には痛い目を見てもらう」
 目を細めて不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、愚かだ、愚かだ、愚かだ……! ハハ……ハハハハハ!」
 そして、《炎の悪魔》が地上に舞い降りた。


(ツヅク)



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