薬草酒

 予備校生の癖に、自主休講して図書館にいた。
 午前中からとなると、さすがに早すぎたのだが、模試すんだことだし、と、自分の中で言い訳を作り、暗記しようという気もないのに、世界史の教科書についている年表を眺めたりしていた。
 昼の時間には大分早いのだけれども、勉強しない受験生というのは、飯をくらい暇を潰すぐらいしかやることがないのだ。
 予備校から歩いて数分も行かないところに、この辺りの予備校生が寄り付かないような定食屋がある。安いのだけれども、致命的に店が汚く、うかつに買ったばっかりの服でこの店の椅子に座ったら、落ちない汚れがつくんじゃなかろうかと思わせるほどの、時代が熟成した汚れなのであった。
 何も好んでこの店を選んでいるのは、美味しいからではない。とにかく、量が多く、そして食べ終わってだらだら店内で過ごしたところで、ほかの客が入ってこないがゆえにいくらでも居座れるのがよかったのだ。
 歩く無気力みたいになっているのもあり、店におかれた何週間遅れだかわからない雑誌をぱらぱらめくりながら、目玉焼き定食をつついていた。
 類は友を呼ぶという言葉は良くできたもので、暇なやつの前には、暇なやつが現れるのであった。
 中学まで一緒だったが、高校で違う学校へ行き、そして浪人してから予備校で再会するという、地べたを這いずるような腐れ縁の男だ。こいつと一緒にやったことと言えば、ネットで拾ってきたデマを、さも本当のことのように学内で触れ回ったことや、自転車で近所を走り回り、本屋という本屋の中からエロ本の品揃えがいい店はどこで、自分達に売ってくれるような店はどこかなどを調べ回ったりと、冴えない悪さばかりしていた。
 どういうわけだか何もなくとも飽きないもので、受験の最中だというのに一緒になって遊び呆けていたのだった。
 いつになく元気がいい様子からすると、新しい遊びを見つけたのだろうか?
 開口一番「気違い酒のまねえ?」と聞いてきた。さすがに、なんのことだかわからずに聞き返したが、その酒というのは、どこで聞き付けてきたのかわからないが、薬草の酒で、特別強いのがあるしく、しかも、材料さえそろえば自分で作れるというものだった。
 午後の授業が終わると、自動販売機が並ぶ予備校の休憩所で落ち合う約束をしてわかれた。
 酒を飲むのは、正直もう飽きていた。
 おとなしく高校生活を送っていたわけではないので、放課後の部室、校庭にある物置、人目につかないところがあればそこに酒を持ち込んで飲んだりしていた。
 コンビニでできるだけ安く手に入って、それでいて手っ取り早く酔えるアルコール度数の強い酒を買っていた。
 かといって、酔うことは好まず、どこまで強い酒を飲んで平静を保っていられるかを試していたようなもので、もっと言えば、ただの見栄のために飲んでいたようなものだ。単純に、「酒の強い俺ってかっこいい」というのを見せるためのもので、それ以上のことはない。
 つまりは、どこまでいっても虚勢でしかないのだ。
 自動販売機はコーヒーから菓子パンまで受験生の食欲をほどよく賄えるようになっていて、とぼしいふところから小銭を巻き上げていくのであった。
 授業の復習をするわけでもなく、漫然とした不安はあるもののそれを勉強で補うなどとはしようともせず、ただただ宙ぶらりんに過ごしている毎日の中、受験以外の予定ができ、内心ではすこし喜んでいた。
 なによりも、気違い酒という響きに、うすら暗い魅力があり、何よりも引き付けられているのだった。
 御互いに浪人生ということもあり、しかも勉強しているわけでもないから時間だけはあり余っていた。親への体裁上、予備校に通ったり模試を受けたりはしているが、本質的にはなんともやりすごしようのない時間をどうやって遣り過ごすかということだけだった。
 誘われるままについていったが、高校時代からの付き合いで、こいつの部屋に行くのはずいぶんと久しぶりだった。前にいったときは、友達の間を流通していたアダルトビデオを見るために友人数人で集まり、机上の空論だけで構築された「女論」を戦わせたあげく、悶々としたまま家に帰ったりと、今の生活の堕落加減と近いことをやっていたのだった。
 そんなに時間はたってはいないものの、高校生というからから脱却したとたん、いままでのあそびに急に距離を持ち始め、底の浅い大人ぶり方をして見せていた。
 やるべきことは山積みになっていて、どっから手をつけても受験生としてはまっとうなのだが、ほかのことに目を向け、たちが悪いことにそれを自分の中で正当化させ日々の無為な時間を過ごしていた。
 それは、「今しかできない」なんていう聞き齧ったようなフレーズであったり、「これも勉強だし」という、受験勉強をないがしろにする理由になっていない理由であったりと、現実逃避のいいわけが自分の中で成り立てばそれでよかったのである。
 ただ、今日の現実逃避のいいわけは、無理矢理なものではなく「おもしろそうだから」と、単純明快なものであった。
 押し入れのなかに、ペットボトルのお茶の段ボールがあり、そのなかに問題の酒はしまわれていた。
 試行錯誤の残りなのか、ビンにくくりつけてあるメモに小汚ない字でいろいろ書き付けてあり、それを参考に飲ませてくれる酒を取り出してきた。
 当人いわく、池袋で手に入れてきた薬草酒セットに図書館で見繕ってきた「食べられる野草の本」の情報を繋ぎ会わせ、劇的に効く酒を調合したんと自慢していた。
 幼稚園の頃から知っているが、昔からシャンプーと洗剤を混ぜたりと、ありものを掛け合わせるのを得意としたのだが、さすがに成長したらしく、原材料に手を出すようになっていた。
 ただ、件のシャンプーは、それを使った翌日に頭皮がカブレ、坊主頭になって幼稚園にやって来たのも覚えているので、安心はできないでいた。
 酒はディスカウントストアーで買ってきたウォッカに、薬草をやたらめったらとつけていた。段ボールから出すたびによく降ってかき混ぜているのだが、手っ取り早く試してみたいこっちからしたら、余計なことをせずに上澄みだけを注いでくれれないかと考えていた。
 薬草の成分がとけだしたからなのか、淡い緑色に色づい酒は、とてもではないが、味わって呑もうと思えるような代物ではなかった。
 一口すすると、消毒液のようなアルコールの臭いがはなの奥から沸き上がってきて、そのあとにミントとどくだみを掛け合わせて薬膳の薬を放り込んだような臭いが胃の奥から這い上がってくるのであった。
 胃から鼻に這い上がってくる臭気は、ペンキ缶を壁にぶちまけて、垂れてきたペンキのようなだらだらと絶え間のないもので、足りないだろうからと用意していたビールで洗い流そうと思っても、いつまでも胃の中から体に悪そうな薬草の香りが立ち上ぼり、いつまでも消えることがなかった。
 これを量をのもうというのも難しい話なので、手っ取り早くビールとで割って飲んでしまおうとしたのだが、ここでもまた難関にぶち当たったのだった。
 配合を変えていくつか並んでいる瓶の中で、比較的穏やかそうな色をした酒をビールで割ったところ、酒が白く濁ったのだった。
 うすくきみどり色がついた乳白色の酒は、つくった当人ですら手を出すのにとまどい、すこしのあいだじっとにらみつけてしまった。
 この部屋の暗黙のルールで手にした酒は全部飲みきらなきゃいけないというのがある。
 だいぶ前のことだが、この部屋で酒盛りをしていたときのこと、酒屋で前から目をつけてきたカクテルの元を買ってきたことがあった。ウォッカやジンなんかと混ぜればいっぱしのカクテルになると言うやつだ。呑んでいるうちに混ぜるのが楽しくなり、手当たり次第に混ぜては呑んでいるなかで、トイレの芳香剤みたいな臭いのする酒が出来上がってしまった。そのときに、できたのがこのルールだ。あのときは言い出したのが俺だと言うだけで、呑んでいたのはべつのやつだったから、そのようなことを強気で言えたのだが、自分が飲むとなると、急に撤回したくなった。
 ここで、こっそりとうっちゃっておけば気づかないかと思い、車座になっているところから外れたところに酒の入ったコップを放置しといた。
 悪友と言うのは見逃さないものでめざとく見つけては、それを飲めといい始めてきたのだった。
 その時に、その部屋のルールをしつこく持ち出してきた。
 爽やかな青と言えば聞こえがいいが、かき氷にかけるシロップのように自然界から超越したところで出来上がった色で、香りにしてもふんわりと漂ってくるわけではなく、鼻の奥に直接直撃してくるような凶悪なキンモクセイとでも言えばいいような香りだった。
 これを飲んだら、当面臭いが鼻に残ってしょうがないだろうと思い、どうにかしてこれを飲まずにすむようにできないかと考えようとしたが、そのときにとっさに思い付いたことがあった。
 梅酒みたいになかんじで、色んなものを漬けた酒は美味しいんじゃなかろうか。それだったら、こういう失敗をして、酒のようなふりをした乱暴なものを飲まないですむんじゃなかろうかと思ったのだ。
 飲んでるときは、どんなことでもさも楽しいもののように言えばどうにかなる。
 それでこの場で、ためしに口に出していってみた。
 「あのさ、梅酒って、酒に砂糖と梅を放り込んで作るじゃん。だったら、梅じゃなくっても、違うもんでも作れると思うんだよね。だから、みんなでさ、なんか漬け込んできて、スゲーヘビーなやつを作れたら優勝ってのをやってみね」
 ここで盛り上がるから、類は友を呼ぶ方式の友達の和は面白い。
 出てくる会話は、ほとんどが悪ふざけで、赤本を漬けてみるとか、美大志望のやつがデッサンの練習で使い倒したパンをつかうとか、好き放題に話が進み、さっきの不味そうな酒については、ほとんど忘れさせることに成功した。
 ただ、めんどくさいのが嫌いな連中が、ちゃんとした酒を持ってくるか、もっといえば、カキの種酒なんてのも作りかねないような連中だから、あらかじめ、人が口にしていいもので酒を作るように言わないと、何を飲まされるかわかったもんじゃない。
 そんなことを思いながら、話題の流れを何となくおっていくうちに、美大を目指す和田が、さもすごいことを思い出したかのように、話し始めた。
「ゴッホっていんじゃん。あの人ってさ、アブサンって言う薬草を漬け込んだ酒を飲みすぎて頭がやられちゃったらしいぜ」
 あとから調べてみて、この発言自体はほとんどが間違いなのだが、そんなことよりも'''人を狂わすすごい酒'というのに完全に心を奪われていた。
 行儀のいい高校生ではなかったので、酒の味は大分はやい時期から馴染んでいて、悲しいことに懐の余裕がほとんどないがために酒の味を覚えられないでいたにすぎない。類は友を呼ぶ方式の集まりと言うのは、どういうわけかそういうところも似るらしく、ある程度はアルコールを制御できているつもりではいる。
 それにあわせて、自称酒のみと言うのはどういうわけだか酒の量で勝負しようとする。その結果、アルコール耐性強化合宿のようなめちゃくちゃな酒宴をやり、気づいたらトイレに入ったきり出てこないものや、ふらふらになりながら、ちょっとコンビニ行ってくる、と言い残し、明け方に戻ってこないのに気づいた面々により探索に出掛けたところ、すぐそばの公園のベンチで寝ているのをみつかるものなど、その量に負けて醜態をさらしたにも関わらず、懲りずに飲み続ける。
 さらに、世の中から目をそらして、大学受験を名目にして怠惰の沼で遊んでいるような輩だと、そういう自壊的な酒にダークヒーローを見るような憧れを持ったりするのだ。
 浪人して怠惰に遊んでいるなかで、もっとたちが悪いのがそういうなかに混じっている学生だ。とは言っても、同級生でありたまたま合格して一足先に学生になったというだけなのだが、どういうわけか、この集まりに魅力があるらしく、飲むと言う話を聞き付けては混ざってくる。
 そいつがアブサンに強く関心をもち始めたのだった。
 なにかと言うと、不経済学部だからさあ、が口癖で、卒業しても高卒と変わらないようなレベルの大学と評価して、徹底して遊ぶと公言している。その話の繋がりはほとんど見えないし、徹底して遊ぶと言うわりには、高校生の頃からさして変わらない面々と付き合い、堂々と酒を呑んでいると言うぐらいしか変わっていないのだが、唯一仲間内で評価が高いのは、面白そうと言うことに対し鼻が利くことと、それにたいしていいかんじにアプローチして、それで一緒に遊べてしまうことだったりする。
 うろ覚えで詳しい事は知らねえ、と突き放す和田にしつこく絡み、その酒はどういう酒か、どういう味がするのか、どうやったら作れるのか、なんというのを聞き出そうとしていた。
 ただ、どんなに聞いたところで、知らないものは知らないのだから、薬草の酒と言うことだけで話が進展するわけもなかった。
 数日後、ただただ安いだけでチェーン店に対抗しようとしているコーヒースタンドで暇潰しをしていると、大学から帰ってきた伊藤が声をかけてきた。
 大学帰りと言うわりには、やたらと軽そうなトートを肩にかけ、すっかり履き潰してカカトに靴底の名残がなくなっているようなスニーカーをさらに地面に擦り付ける、だらしなさにだるさを掛け合わせたような風貌にもかかわらず、顔はずいぶんと嬉しそうににやけている。
 図書館にとじ込もって、片っ端から載ってそうな本をめくっていったらあった、アブサンの材料。ニガヨモギってのを材料にしてるらしいぜ。
 と、教えてくれたのだが、この男、そのニガヨモギについては調べてきていないのだった。
 その、ニガヨモギってのは?
 と、聞いたところで、二人して固まる頭の悪さ全開の夕方であった。
 その後、伊藤はくじけず、図書館で調べたらしいのだが、経済学部の図書館にそんなことに書いてある本があるわけはなく、割り箸を降り損ねたような、ほぼ無傷に近い挫折を味わったと言うことだった。
 大学生と浪人生の大きく違うところは、浪人生は月一程度で模試があると言うことだ。
 模試の結果は、後の進路に大きく影響すると脅されているが、所詮は大学と関係のない予備校がやる本番練習みたいなもんで、サボらずに参加はするが、そんなに大事ととは考えずに受けていた。
 予備校で同じ組にいるほかの人間は、模試が近くなると目の下にクマをつくったりしているが、そういうこともなく、たんたんと試験を受けていた。
 試験が終わると、その日はフリーと言ういいわけにして、大っぴらに遊んでいたのだが、ある日、予備校の案内を見ていると面白いことに気づいた。
 模試と言うのは、なにも自分が通っている校舎ではなく、どこの校舎ででも受けていいとのことだ。
 ならばと、伊藤が通っている大学に近い池袋の校舎で受けて、終わってから合流しようと段取りをつけた。
 模試当日は、遅刻もせず、さほど焦りもせず、かといって正答率が高いわけでもなく終了した。池袋北口のロータリーで合流したのだが、金がないのだから、どこにいくと言うわけにもいかず、ただただ、夕暮れまでしばらくある時間帯にもかかわらず、夜の始まりを待ちきれずによいどれているおっさんを横目に、裏道から裏道へと、見世物小屋を冷やかすような気持ちで歩いていた。
 こういうところに来ると、伊藤はアダルトショップをいち早く見つけ、入ってみるかどうかでふざけあいをしたりしているのだが、さすがにこの辺りだと一筋縄ではいかず、エロだけではない品揃えの店もちらほらと目に入った。
 財布の中身が軽いと言うのは、なんかあってもとられるものも少ないので、すこしは強気でいられる。それが思いっきりに拍車をかけたのか、一度入ってみないかと何となくの話がまとまっていた。
 焼き鳥の煙がもうもうと吹き出される換気扇口が煙幕がわりになっているのか、ガラス戸の奥には、使うと捕まってしまう薬も常連ならば売ってくれそうな、変な期待をさせる小道具が立ち並び、直に吸うものや、タバコっぽく吸う葉っぱなど、テレビで宣伝していドラッグストアとは一風違ったもんが並べてあった。
 池袋まで電車で小一時間の距離といえど、実質的には田舎の浪人生と学生であるわけだから、こういう店では、それとなく振る舞おうとしても無理と言うものがあった。
 いくら他に客がいないとはいえ、さすがに目についたのだろう、店員が「なんか買うの?」と話しかけてきた。
 さすがにただでさえじっとりと汗が出てくるようなとこに、話しかけられたんで逃げ出そうかと思ったのだが、伊藤は違った。何を思ったか、店員に「アブサンってないっすか」と答えた。店員は、顔を店の中にある小瓶や小箱に入った'''効くやつ'の並びにあるキャッシュカードの半分ぐらいの大きさのビニルの包みに入った、深緑色したタバコの葉っぱのような、細かく刻まれた葉を顎で指した。
 それをウォッカとかにつけとくと、強いアブサンになると教えてもらうがはやいか、伊藤はそれに、いくらっすか、と買う気満々で被せてきた。
 3000円と言うと、CD一枚の値段だが、清くもないのに貧しいだけの学生にはその金がなかったのである。
 食事代といい親からすこし多目のもらったのがよかったのか、本のすこし持ち合わせていたので、それをと会わせて、なんの葉っぱだかわかんないアブサンの元を手に入れたのだった。
 帰りの電車は、次の飲み会までにこの酒をいかに強くするかというのが主な話題だった。
 飲みは、模試の結果が出る前日に開かれるのが通例だった。はじめは、何となく集まって、朝にみんなで予備校にいこうとのが始まりだったのだが、いつのまにか、というか二回目から飲んでいくようになり、三回目には酒が主目的になるようになっていた。
 つまりは、今日から10日後に次の集まりがあると言うことだ。
 地元につくと、とにかく急いでうちにかえって、金を持ってもう一度集まろうと言うことになった。理由は簡単だ、ウォッカを買ってそこにつけてしまおうと言うのだ。
 倉庫のなかに棚を運び込んで、そこに酒瓶を並べてるだけのような店なのだが、品揃えが多く、なによりもそこを選ぶ必然となるのが、瓶が破れたり汚れたりしたものを安く売っているのが魅力だった。
 帰ってくる電車のなかで、ウォッカがなければとにかくアルコールが強い酒だったら、何でもいいだろうと言う、味もへったくれもない意見を伊藤がだしてきて、すこし迷ったりしたのだが、悪運づよく、ウォッカがバーゲンのラックのなかに刺さっていた。
 さっそく手にして、店のなかをうろついていると、伊藤が、梅酒って氷砂糖使わなかったっけ、といいだした。
 味に対してこだわりはないのだが、氷砂糖を入れるとなると、ウォッカの瓶そのままだと入りきらなくなる。
 どうしようかどうかと話し合っていると、ビールの小瓶が目に入った。
 この店で売っている一番小さい氷砂糖の袋と大体同じぐらいの大きさで、これならば氷砂糖を足して増えたぶんのウォッカを入れることができると、四の五のいいながら目算したのだった。
 なかに入っているビールは二人して帰りながら半々でのみ、持ち帰ってきてよく洗ってから、さっそく葉っぱを漬け込んでみた。
 三日とたたないうちに、だんだんと中の様子が変わってくるのがわかった。
 ビール瓶のなかはわからないが、ウォッカの瓶のなかでは、葉っぱから何かしらの成分がとけだしてきたのか、うっすらと番茶みたいな色がついてきた。
 一方、氷砂糖は溶ける気配もなく、瓶のそこで狸寝入りでもしているかのように、ただただざらざらと転がっているだけだった。
 人に大量に酒を飲ませようと思ったら、とにかく甘く、飲みやすく、美味しそうな香りを出しておけばいい。その点、この酒は甘くしておくこと以外で人に飲まれそうな気配はなく、とりあえずは、どうやって氷砂糖を溶かしてしまうかが、課題だった。
 ひとまず暖めれば大丈夫だろうと寝るときに一緒に布団に入れてみたのだが、まったく溶ける気配はなく、しょうがないので予備校帰りによったコーヒースタンドでガムシロップをいくつかもらい、それを坂瓶のなかに流し込んだ。
 あとはしばらく放っておけばいいだろうと、押し入れのなかに押し込んでおいた。
 どうせ誰も本物の味を知らないのだからと、瓶にマジックで大きくアブサンと書き、その日は寝てしまった。
 模擬試験なのに結果発表なんて大袈裟にやるなんて生意気だ、と、だれを相手にケンカを売っているのかわからないような無駄口をいいながら、模試の反省会と称した集まりが、いつもの離れで催された。
 3畳ぐらいのコンテナだろうか、そこに机を持ち込んだだけの勉強部屋であり、もっというと、勉強すらしているかどうか怪しいもので、机の上においてある参考書が、前に来たときからすこしも動いていないなんてことがあったりした。
 今回は、漠然と集まりのではなく、意図のはっきりした集まりであるだけあり、集まるのが早かった。
 いつもと同じように集まり、一人は、甘い酒と言うので酒屋で買ってきたアーモンドの酒、もう一人はレモンやらミカンやらをやたらと強い酒につけて作った酒、そして、自家製のアブサンが集まった。
 それぞれが、強い酒を持ち寄ったと言い張っているだけあり、それぞれはそれぞれで自分が持ってきた酒を飲もうとせず、牽制するわけでもないが譲り合うわけでもない、曖昧な押し付けあいをしていた。
 とりあえず、はじめの一杯だし、ちゃんとした酒からのもうと言い出したのは、法学部を狙っている根本だった。こいつも、自分で作ってきたレモン漬け酒を飲もうとは言わず、安全そうなと頃から手をつけるのはさすがなのだが、これだけたちの悪そうな酒が並んでいると、誰も反対するものはいなかった。
 背の低い四角い瓶にはいったその酒は、ウイスキーのような澄んだ樹皮色で、アーモンドの酒と聞いていなければ、お菓子の材料かと思うぐらい、甘い香りを漂わせていた。
 一口飲んで、小学生の時に直した虫歯がうずくんじゃないかと言うぐらい甘いのだが、したがまだ子供っぽいからなのか、お菓子を飲んでいるような心持ちで、あっという間にみんなで飲み干してしまった。
 甘いので飲み始めたんで、次も甘いのにしようとレモンの酒にてをだし、それぞれに注いでから一口飲んで止まってしまった。
 たしかに、オレンジらしい感じやレモンらしい感じはあるのだが、酒の臭いが強く飲むと喉が焼けるぐらいだったのだ。
 さすがに罪悪感でもわいてきたのだろうか、急にコンビニいくと立ち上がり、悪者を買ってくると言い残して出ていってしまった。
 これで事故にでもあって、あれが彼を見た最後の姿だったとでもなれば物語になるのだろうが、そんなこともなく、あっという間に帰ってきた。
 こいつのさすがなのは、ここでオレンジジュースとワインを買ってきたことだろう。コンビニの安ワインなのだが、それにオレンジジュースと件の酒をいれて和って飲もうと発想するところが、勉強をしない浪人生として無駄に時間を使ってるところなのだろう。
 飲みやすくしてしまったということは、飲むスピードが矢鱈と上がったと言うことであり、気づくと、ほとんど漬かっていないオレンジをとりだして食べてしまうぐらい、あっという間に飲んでしまった。
 人数がいるとはいえ、瓶にはいったアルコール度の高い酒を2本も空けると、矢鱈と楽しくなってきており、自家製アブサンに手を出す頃には、酒の強いと弱い程度にしか味はわからなくなってきており、一口飲む度に、あちこちから、どくだみ臭え、とか、臭いが鼻に残って、缶コーヒーを飲んでも消えない、とか、味の良し悪しや出来の具合なんかには言及されず、ただただ、異質な味である等のを異口同音にろれつの回らない口で言い合っているだけなのであった。
 頑張って全部を飲みきったまではいいが、最後の一杯を注ぐ頃には新聞配達の原付の音が聞こえ、夜の沈黙はだいぶ前に終わり、太陽が登り始めたばっかりの静かな活気があたりに聞こえ始めていた。
 肝心の模試の結果は、予備校に取りにいくことになっており、あと数時間後には予備校生の顔に戻らなければならない。だだ、回りを見ると、ほとんどが寝てしまっているか、起きていたとしてもやっと起きている風を装っているようなもので、今日が授業のある日だったら、間違いなくノートになにも書けずに帰ることになっただろうというような状態だった。
 とりあえず、寝なくちゃならないというのは酔いながらもわかり、動けそうなやつには声をかけて、携帯の目覚ましをなるように触れ回り、一通り声をかけ目覚ましをセットさせたところで、電池が抜けたモーターみたいに静かに眠りについてしまった。
 携帯の目覚ましがあちこちでバラバラの時間に鳴り始め、それぞれが適当に止めたり、眠り込んでいて起きないやつのをかってにとめたりして、むだに音がでいているようなものだった。
 さすがに今日中にいかなきゃいけないと思い込んでいるので、ギリギリの時間になると、体を起こして、とりあえず起きるようにしはじめていた。
 ここからだと、歩いてだいたい三十分ぐらいの距離であり、そんなの遠くはないのだが、全身に重い布でも被されたかのようなだるさと、頭の芯からじわじわと響く痛み、そして、胃の奥の方にパチンコ玉がつまった袋を放り込まれたような不快感のなか、すたすたと予備校に行けるとは思わなかった。
 部屋のみんながばらばらと予備校に向けて歩き始めるなか、最後にやっと出発し、長くはない道のりのなか、なんどか動けなくなりながらも、やっと予備校までたどり着き、ほとんど人のいなくなった教務課で結果のかかれた通知表を受け取った。
 よい結果であるとは思ってなかったが、目標の大学になんかのまぐれではいれるかもしれないと言う評価のCが並ぶのをみながら帰路につき、回答の評価の欄にかかれている手厳しいコメントをぼやける目で追っていた。
 もう、家に帰ろうと歩き始めるなかで、受験のことをうっすらと考え始まると、腹の奥の方でなにかが動いたらしく、近くの公園の水のみ場まで我慢してはしり、昨日の夜の余韻をすべて流したのだった。

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