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蝉が鳴くころに 第二話|小説



〈あらすじ〉母が亡くなった。私は母の結婚相手のみっさんと葬儀を済ませてふたり暮らしをはじめるようになった。


私はその日からみっさんとふたりの生活がはじまった。私はなるだけ家事を手伝ったし、みっさんも仕事をしながら、私の面倒をみてくれた。そうして生活をしていく中で、ふたりの中でルールのようなものができてきた。それは、一日の終わりには、お互いのその日あったことを簡潔に話すようになった。たとえば、みっさんは、仕事で後輩がミスしたからそのサポートをしたとか、私は学校の数学の先生が鼻毛出てたとか、互いに言い合いそれを労ったり、笑ったりした。そうして何年もふたりだけの生活を過ごしているけれど、やはり私はみっさんのことを父と呼んだことはなかったけれど、私にとってはかけがえのない存在へと変化した。だから、みっさんに、

「私に遠慮せんでもいいから、もしいい人がいるなら言ってね。」

と、言うと、

「オレはみちこ(母)以外の女性には興味がないねん。だから、これからも好きな人はみちこひとりだけや。」

そう言って、みっさんは熱燗をクイッと飲んだ。そして母の遺影を優しい眼で見ているみっさんに、それ以上何も言うことができなかった。それからみっさんはみっさんのまま歳をとり、私は私のまま30歳を迎えた。私は大人になっても家を出ることはなく、みっさんと一緒に住んでいる。彼氏や友人や職場の人からは不思議に思われるけれど、私に家を出ることは考えられなかった。

「変やで、ずっと一緒に住んでるの。」

彼氏のタカくんは、いつもそう言って不思議に思っているらしい。

「別に変ちゃうし。」

私はモンブランを口に入れたままそう応えた。お皿をカチカチと鳴らしながらフォーク操るタカくんは、「そうかなあ?」と言いながらショートケーキの苺を食べた。

「あ、今日大事な話って何?」

私は何気なしにタカくんに聞くと、

「ああ、それはまた後で話すから。」

と、誤魔化されたけれど、ほんとうはそれが何なのか知っていた。実は数日前に街でタカくんを見かけて、驚かそうとその後ろを尾行したら、有名な宝石店へと入店した。私はタカくんをショーウィンドーからこっそり見ていたら、タカくんは指輪を受け取っていた。そこでハッとした私は動揺してしまう。私はそのままタカくんに声を掛けることなく、その場を立ち去った。

「今日プロポーズされんで。」心の中でもうひとりの自分が声を上げるから、飲んでいたアイスコーヒーで咽せてしまう。ゴホゴホ咳をしながら、まだ動揺している自分に驚いた。

私たちはカフェをあとにすると、海沿いをドライブして、海岸で車を降りるとそこには雑木林があった。その場所は蝉が大声で叫んでいて、木の根元には蝉の死骸が転がっていた。それを見ると母の葬儀を思い出した私は、タカくんにゆっくりとそのときの話をはじめた。





第三話へつづく





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