フレンドリーな取り立て屋さん2

私が仕事を終え帰宅すると、アパートの前に派手なアロハシャツにサングラス、そしてビーチサンダルという、浮かれた格好のガラの悪い男がいた。
その男は私の名前を確認するなり、「金を返せ」と低い声ですごむ。
お金って。この人は一体なにを言っているんだろう。
戸惑う私に男は「俺はこういうもんだ」と一枚の名刺を差し出した。
そこには『フレンドリー・パートナーズ』という胡散臭い社名が書いてある。
これだけだと、なにをしている会社なのかさっぱりわからない。
眉を寄せた私を見て、男はため息をついてから口を開いた。
「うちは借金の取り立て屋さんだ。お前の父親が借金を作るだけ作って逃げたんだよ。代わりに娘のお前に払ってもらうために来た」
「なるほど」
男の言葉に私は納得してうなずく。
「ずいぶん冷静だな。驚かねぇのか?」
「父がロクでもない男なのは、知ってましたから」
父は昔からギャンブル好きで、給料のほとんどをパチンコや競馬につっこんでいた。生活費は母のパートで賄いなんとか暮らしていたけれど、父は次第に母が必死に稼いだ生活費にまで手を出すようになっていった。
そんな父に愛想をつかした母が父を家から追い出し離婚したのは私が高校生のとき。それから一切連絡をとっていなかったけれど、あのダメ男がまともな生活をしているわけがないとわかっていた。
そして、そんな父を持つ私に、いつか厄介ごとが舞い込んでくるだろうと、覚悟もしていた。
「父の借金はいくらですか?」
「三百万だ」
「それはなかなかの額ですね」
申し訳ないけれど、昨年社会人になったばかりで大学の奨学金を返済中の私に、そんな額は払えない。
そう説明すると、男は「じゃあ風俗で働け」と当然のように言う。
「風俗……」
今までの人生でまったく縁のない単語を出され、私は無感情に繰り返す。
「なんだ。不満か」
「いえ、風俗ってお金をもらって男の人を喜ばせるお仕事ですよね。一度も恋愛をしたことのない私に、務まるものなのかなと思って」
「はぁっ?」
私の言葉を聞いた男は、驚いたように目をむいた。
「お前、一度も男と付き合ったことがないのか⁉︎ 学生時代はなにやってたんだよ!」
ものすごい剣幕で怒鳴られ、思わず首をすくめる。
「す、すみません。生活が苦しくてずっとバイトをしていたので、恋愛どころか友達と遊んだり趣味を楽しむ時間もなくて」
「すみませんじゃねぇよ! くっそ!」
男は地面を震わせるような低い声でつぶやき、舌打ちをする。
どうやらものすごく怒らせてしまったらしい。
やばい。この剣幕は殴られるかもしれない。
私がおびえていると、男ががりがりと頭をかいてからこちらを睨んだ。
「お前、なに全てをあきらめたような顔をしてんだ! 風俗で働いてる場合じゃねぇだろ! もっと人生を楽しめや!」
「は?」
怒鳴られる意味が分からず、私は目をまたたかせる。
「クソ親父のせいで学生時代から苦労して青春も満喫できなくて、処女のまま風俗に落とされるなんて、最低だろうが! んなもん、フレンドリーがモットーのうちの会社が許さねぇんだよ!」
「はぁ……」
「いいか、まず心が躍るような趣味を見つけろ。そっから友達を作って世界を広げて、最終的に誠実で優しい恋人を作るのが目標だ」
「いや、でも。奨学金の返済と実家への仕送りとで、なかなか趣味に費やす余裕がなくて」
「お前、実家に仕送りなんてしてんのか!」
「すみませんっ。弟がまだ大学生なので……」
「めんどくせぇ! いちいち謝るな!」
「ひゃいっ」
ものすごい剣幕で怒鳴られ、思わず声が裏返った。
「弟は大学何年だ?」
「よ、四年生です」
「じゃあ、こんくらいあれば卒業までの仕送りはたりるだろ」
男はズボンのポケットからくたびれた財布を出すと、一万円札の束を私に押し付ける。
「え、こんなに?」
「なんだよ。文句あんのかよ」
「い、いえ、ないです……っ」
男に威嚇され、青ざめながらお札を受け取る。
「いいか、これで仕送りが浮いた分、自分のために金を使え。つぎ込むのは服でも化粧品でも漫画でもアイドルでも食べ物でもなんでもいい。人生が楽しいと思えるような趣味をみつけるんだ。いいな?」
男は背中を丸めサングラスをずらし、こちらをにらみつけながら念を押す。
その迫力に気圧され、「は、はい……」と首を縦に振った。
「でも、どうして借金の取り立て屋がここまでしてくれるんですか?」
疑問をぶつけると、男ははぁーっとため息をつく。
「どうしてって、渡した名刺にうちの社名が書いてあるだろうが。ほら、声に出して読んでみろ」
不機嫌な声で言われ、私は名刺を見下ろした。
「フ、フレンドリー・パートナーズ?」
改めて見ると、なんともダサい社名だ。けれど男は誇らしげに胸を張る。
「そうだ。うちの会社はフレンドリーな取り立て屋さんなんだよ。真面目に頑張ってんのに報われない奴をさらに不幸にしたら、立派な社名が泣いちまうだろうが!」
「な、なるほど……」
まったく理解できないけれど、とりあえずうなずいておく。
そんな私を見て男は満足したように背を向け歩き出した。
いったいなんだったんだろう……。
私は押しつけられたお金と名刺を手に、男の猫背気味の後ろ姿を茫然と見送る。
すると、男が足を止めこちらを振り返った。
「これから定期的に様子を見にくっから、覚悟しておけ。次来たときまたそんなしけた顔してたら、容赦なく風俗に落とすからな! それがいやなら精一杯人生を楽しむ努力をしろよ!」
「は、はいっ!」
慌てて背筋を伸ばしこくこくと首を縦に振ると、男はまた前を向いて歩いて行く。


……またあの男が私に会いにやってくるのか。
そう思うとなぜだか少し、嬉しくなった。

フレンドリーな取り立て屋さんのシリーズです。
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