ドラマみたいなふたりのはじまり04

先輩とふたり、打ち合わせのために取引先に向かった。
ビルの前でコートを脱ぐ。となりにいる先輩を見下ろすと、マフラーをはずすところだった。
綺麗なうなじとうすい耳たぶが目に入って、思わずごくりとのどが上下する。
寒さのせいで耳たぶが赤くなっていてかわいい。冷たくなった耳を甘噛みしていじめたい。首筋にキスをして、うなじにかみついて、痕を残したい。あんたは俺のものだってしるしをつけてやりたい。
そんなことしたら、確実にぶん殴られるけど。
俺のふらちな妄想を気配で感じ取ったのか、先輩が顔をあげてこちらを見た。
「どうかした?」
首をかしげる先輩に、「なんでもないですよ」と微笑む。
これから打ち合わせだっていうのに、エロいことを考えてどうする。
気持ちを入れ替えてエントランスに入ると、受付に座る女性と目が合った。その瞬間、しまったと心の中でつぶやく。
この会社の受付に大学時代に付き合っていた元カノがいるのをすっかり忘れてた。
「資材部の課長の木村様と二時にお約束を……」
名前を名乗り受付手続きをしている最中、元カノからの視線がビシビシと突き刺さる。
そんな未練たっぷりな顔で見るのはやめてくれ。と心の中でため息をつく。

元カノとは大学時代に告白されて付き合った。
別に好きじゃなかったけど、かわいいし明るいし胸はでかいし適度にエロいし、断る理由はなかった。
だけど付き合ってしばらくすると、元カノはやたら俺の過去をさぐるようになった。
前は後輩のあの子と付き合っていたんでしょう?とか、このお店はほかの女の子とも来たの?とか、前の彼女とのエッチの方が気持ちよかった?とか。毎日のようにくだらない質問をされた。
『過去なんて今更変えようもないのに、いちいちそんなことを聞いて俺を不機嫌にさせて楽しいか?』
うんざりしながらため息をつくと、彼女は泣きながら俺を睨んだ。
『だって、好きだから気になっちゃうんだもん』
『だって、じゃねえよ。くだらない。お伽話の王子様とお姫様じゃないんだから、やましい過去のない人間なんているかよ』
知りたくもない過去をさぐって不機嫌になるなんて心底くだらない。
『本気で恋愛してないから、そんな余裕でいられるんだよ。本当に人を好きになったら、相手のどんな些細な過去にも嫉妬しちゃうんだよ』と反論され、彼女とはそのまま喧嘩別れした。
もう、二年も前の話だ。

商談を終え会社に戻り、休憩スペースで先輩と軽いミーティングをする。
「じゃあ、今日の打ち合わせの内容の確認とお礼のメールは俺から送っておきますね」
「うん。よろしく」
先輩はうなずいてから、ちらりとこちらを見た。
「あの会社の受付の女の子、かわいかったね」
そのひと言に手が止まる。
たぶん、あの子が俺の元カノだってばれてる。
「俺は先輩のほうが美人だと思いますよ」
俺がそう言うと、「そういうのいいから」と苦笑された。
「そういうのって、どういうのですか。お世辞だと思ってます?」
「だって、お世辞意外にありえないでしょ」
「俺は本気で先輩が好きですよ」
「あんな若くてかわいいこと付き合っていたあんたが、なんで五歳も年上の私なんかを……」
先輩とホテルに行ってから二週間。必死で口説いてきたのにはぐらかされつづけてきた。
どうしてわかろうとしないんだと、はがゆくなる。
「俺が入社したばっかりのころ」
低い声で言うと、先輩が「ん?」とこちらを見た。
「先輩が俺の教育係のとき、言ってくれたじゃないですか。『失敗するなら早い方がいい。どんなことも私がフォローするから、どんどん挑戦しなさい』って」
俺の言葉に先輩は手を止める。
「そのとき、かっこいい女の人だなって思いました。それから興味をもって気付けばいつも目で追っていました。いつか先輩にフォローされるだけじゃなく、先輩を支えられる男になりたいと思って今までずっと頑張ってきたんです」
先輩は視線を自分の手元に落とし、「まいったなぁ」と小さくつぶやく。
「先輩?」
「それ、全部受け売り。私が新人のとき上司に言われた言葉をそのまま言っただけ。『失敗するなら、俺がお前のそばにいてやれるうちにしろ』って、その言葉通りなんでもフォローしてくれた」
表情は見えないけど、先輩の声には複雑な気持ちが込められているのがわかった。
懐かしさとか、恥ずかしさとか、愛おしさとか、悔しさとか、未練とか。
俺はごくりとのどを上下させる。声が震えないように気を付けながら口を開く。
「先輩。前に社内恋愛なんてごめんだって言ってましたけど、そう思った原因って、その上司ですか?」
俺がそういうと、先輩ははじかれたように顔を上げた。
その顔は、動揺と羞恥で真っ赤になっていた。先輩のそんな表情を見るのははじめてだった。

俺は先輩を見下ろしながら、二年前に元カノに言った言葉を思い出す。
『お伽話の王子様とお姫様じゃないんだから、やましい過去のない人間なんているかよ』
そんなことわかっているのに、先輩の過去に気が狂いそうなほど嫉妬している自分がいた。


『ドラマみたいなふたりのはじまり。04』END


(なんだよその上司って。どんなやつだよ。何者なんだよ)
って、このあとひとりで悶々とするやつ。

頑張れ後輩くん。


金曜日のショートストーリー
第13回お題『お伽話』


【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿ってショートショートまたはショートストーリーを書く企画です。
*企画の詳細や過去のお題はマガジンの固定記事をご覧ください。

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