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狭い部屋と広い世界(遠距離現在)

世界は物に溢れ、それらは世界規模で展開しており、地球の反対側で起こっていることですら簡単に見ることができる現代。
今この瞬間にも、資本や情報は陸を駆け抜け海を渡り、私たちの手元に届きます。
しかし逆に私たち個人のリモート化は進み、狭い部屋の中で全てを完結させてしまうことができる。
2020年に始まった世界的なパンデミックを契機に、遠隔で社会と繋がるという1つのスタンダードが生まれました。
それは便利であると同時にどこか寂しさもはらんでいます。
本展覧会では、「Pan- の規模で拡大し続ける社会」「リモート化する個人」の2つを軸に、現代社会の在り方を、8名と1組の作品で表現しています。

展覧会概要

名称:遠距離現在 Universal / Remote
開催場所:国立新美術館(東京・六本木)
開催期間:2024/3/6(水) ~ 2024/6/3(月)
展覧会公式サイト:

https://www.nact.jp/exhibition_special/2024/universalremote/index.html


感想

洒落たタイトルに惹かれて。会期ギリギリで行ってきました。
国立新美術館は乃木坂駅直結、助かる。
作家ごとにセクションが区切られていました。レッツゴー。

井田 大介

井田 大介《誰が為に鐘は鳴る》 2021

円状に並べられたガスコンロの火が生み出す上昇気流に乗って、紙飛行機がふらふらと飛んでいる映像がループ再生されています。

「火」は、現代社会におけるSNSなどの「炎上」を表しているとのこと。
人々の熱い羨望や尊敬は対象を高く持ち上げますが、一歩道を踏み外した時、その熱気は炎となってその人を焼き尽くしてしまう……毎日のようにSNSで見かけている光景をこんなふうに表現できるんだ、と感心します。

展示スペースには360°にスピーカーが設置されており、紙飛行機が延々と宙を滑り続ける音が鑑賞者をサラウンドに包みこんでいました。

徐 冰(シュ・ビン)

徐冰《とんぼの眼》 2017

《とんぼの眼》は映像作品で、男女のラブストーリーです。
しかし、本作に役者やカメラマンはいません。これらは全て、ウェブ上に公開されている監視カメラの映像をつなぎ合わせて作られたものなのです。
そこにナレーションを載せることで、なんでもない日常の断片が切ないラブストーリーに変わります。

何やら美しいことのようで聞こえはいいですが、そこに事実は一つもありません。監視カメラの映像という”事実”をつなぎ合わせて、ありもしない物語が"捏造”されたのです。

まず発想が面白いですよね。
こういうのを観ると「あ!やられた!」と思ってしまいます。
別に何かを作る人間でもないのでやられたもクソもないのですが……。

昨今、フェイクニュースや悪意のある切り取り記事をよく目にしますが、本作品ではその状況を露骨に表しているように感じます。

トレヴァー・パグレン

トレヴァー・パグレン《米国家安全保障局(NSA)が盗聴している光ファイバーケーブルの上陸地点、米国ニューヨーク州マスティックビーチ》 2015
トレヴァー・パグレン《米国家安全保障局(NSA)が盗聴している海底ケーブル、北太平洋》 2016

データは物理的なケーブルを伝って移動する。
大陸間を繋ぐ通信ケーブルの上陸地点の風景を撮影した「上陸地点」シリーズと、海底に敷設されたケーブルを撮影した「海底ケーブル」シリーズ。

本作では、「見えないインターネット」に物理的な存在感を与えてくれます。

普段生活している中で、例えばYouTubeで動画を観る時、写真をクラウドにアップする時、「形のないデータはどこにアップされてどうやって遠いところまで運ばれていくんだろう」と、ふと思うことがある。
まさにそれに対する答えであるかのようで、とてもしっくりきました。

2つのシリーズは、2013年に元情報局員の男が暴露した、米国による国内外の盗聴の実態をもとに作成されており、作品タイトルはケーブルの場所と盗聴していた機関の名称が記載されているとのこと。

トレヴァー・パグレン《男(コーパス:人間)、敵対的に進化した幻覚》 2017

パグレンは早い段階からAIに関心を持ち、制作に取り入れました。

「幻覚」シリーズと称される作品群が展示されています。これらは、2つのAI同士による画像識別トレーニングの過程で生み出された画像で、つまり訓練中のAIが見ている光景なのです。
AIがAIのために生成した画像であり、人間のために作ったものではない、そんなイメージを私たちが覗き見ているという構図。

自然が作り出したものでもなく、人間が作り出したものでもない、人間以外の何かが作ったものという不気味さがあります。

地主 麻衣子

地主 麻衣子《遠いデュエット》 2016

地主の愛する詩人・小説家 ロベルト・ボラーニョの足跡を辿って現地をめぐる映像作品。

その途中、ボラーニョの小説「野生の探偵たち」の朗読がたびたび流れます。
朗読を担当したスペイン人の女性と地主は、作中に登場する「悪魔の口」という深い穴について会話を交わします。
悪魔の口に落ちた子供を助けに行こうとするも悪魔の恐怖に負けて諦めるという話だそうですが、地主は、「もし日本人がその状況に陥ったら、多くの人は穴を見たこと忘れてしまうだろう。もしくは忘れるように努力するはずだ」と言います。
しかし女性にはその意味が伝わりませんでした。

地主の映像作品は別の展覧会でも観たことがありますが、詩的な要素を含んでいて毎回彼女の世界に引き込まれてしまいます。

ティナ・エングオフ

「世界で最も幸せな国」デンマーク。
その国の新聞の隅っこには、孤独死した人の存在を知らせる記事が掲載されます。行政機関は、孤独死し身元引受人の現れない人物の情報を新聞に掲載し、どこかにいるかもしれない彼/彼女らの親族に呼びかけるのです。
エングオフは、そんな彼/彼女らが最期を迎えた空間を写真に収めます。

ティナ・エングオフ《心当たりあるご親族へ——男性、1964年生まれ、自宅にて死去、2003年7月31日発見》 2004

確かにそこにいて、そしていなくなってしまった者の存在を感じます。
これらを観て想像する最期の姿は、どれも寂しいものです。

選択された望ましい情報だけがピックアップされ、「世界で最も幸せな国」という側面だけが私たちのところに届きますが、その裏側にいる存在に注目させられます。

ティナ・エングオフ《心当たりあるご親族へ——男性、1923年生まれ、自宅にて死去、2003年6月12日発見》 2004

しかしその一方で、前向きな考え方もあるといいます。
自ら望んだ自立を実現し、その上で一人旅立つことを選んだのだ、という捉え方です。

上の作品は暗い写真には見えず、むしろ好きなものに囲まれて最期の時を迎えた姿が想像できなくもない。
確かに、最後の瞬間を目撃した者は誰もいないのだから、その真相は本人にしかわかりません。

個人的に、本展覧会の中で一番食らったセクションでした。
あなたはどう感じましたか?

木浦 奈津子

木浦 奈津子《こうえん》 2023

木浦は、心をとらえられた風景を写真に収め、その後、油絵を制作します。
不要なものが注意深く削ぎ落とされた結果、現実に存在する場所なのに匿名性の高い非現実的な雰囲気を纏います。どこでもない景色なのに、鑑賞者の記憶の中にあるどこかの景色と重なり、誰にとってもどこかで見たような風景となる。

風景とかって多分こんな感じで脳内に保存されてるんだろうな。
いや、もしかしたら実際に見てる段階でもこんな感じか?
上の作品の背景にある木は単純な線で構成されていて、言ってしまえばまったく正確ではないけど、ピントが合っている部分以外の部分は、実はこう見えているのかもしれない。

木浦 奈津子《うみ》  2021

なんてやわらかい絵なんだ。かわい。

エヴァン・ロス

エヴァン・ロス《あなたが生まれてから》 2023

ロス自身のコンピューターのキャッシュに保存された画像を抽出し、それらをランダムに並べた空間。いかに現代人が莫大な量の情報を浴びているのかということに気づく。
まさにインターネットという仮想世界に入り込むような作品。

ロスがインターネットで見た画像たちで構成しているわけだから、この作品は彼の自画像と言える。しかしキャッシュに保存される画像は、彼が自らの意思で表示したものだけではないため(企業ページに表示される企業ロゴや、広告バナーの画像など)、自分の知らない自分も含んだものになる。


ちなみにタイトルの「あなた」はロスの次女のこと。作品で使用されているすべての画像は、その次女が誕生した2016年以降のものなのだとか。それで《あなたが生まれてから》。いいね。

まとめ

デジタル化する現代社会が便利で派手で華やかな世界である分、そこに潜む不安やその社会から切り離された個人の影を表す作品の鋭さが光ります。

比較的映像作品が多めと感じました。
中には1時間以上の尺のものもあり、さすがに全編鑑賞することはできませんでしたが、美術館のあの空間っていいですよね。
広い暗室に簡易的な椅子が並んでいて、映画とはまた違う趣旨の映像作品をただ浴びる感じ。

また、扱うテーマやAIを使った制作手法など、アートの世界は社会と並行して同時に発展しているんだなということを実感しました。

鑑賞日:2024/6/1(土)10:20〜12:20
個人的評価:★★★★☆

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