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トンデモ『過保護』医療③〜シップ〜

シップについて、イチ整形外科医がバカ正直に語ります。


シップは年間どれくらい処方される?


整形外科医として20年以上働いていますが、処方したシップは数え切れません。勤め先によっては、毎月の診察で自動的に70枚(今は月に63枚が上限)の湿布が処方されている患者さんが何十人もいることもありました。

1日100枚処方したとして、月に2千枚、年間2.4万枚、20年強で50万枚。
これは控えに見積もってですが、かなりの枚数です。

で、製品により異なりますが、薬価を30円/枚とすると、年間72万円
具体的な整形外科医の人数は知りませんが、全国に2万人はいるようです。桁が多くなって計算が難しくなってきましたが…、
全員が同じように処方していたとすると、年間144億円??
整形外科以外でも処方されていますから、下手すれば年間200億超え???

とにかく、巨大なマーケットですね。

そしてこれは薬剤料だけの話で、ここに処方された医療機関でかかる処方箋料や初診・再診料、調剤薬局でかかる調剤技術料、薬学管理料などが加わるわけです。これらは、同日に行われた他の診療行為や同時に処方された他の薬剤と共用の部分もあるので一概には言えませんが、少なくともシップ63枚の薬剤料同等以上かかります。莫大な医療費です。

ま、でも年間45兆円の国民医療費からすれば、たった0.05-0.1%とかですから別にいいんですかね…。
ちょっと、よく分からなくなってきました汗

余談ですが、ひと月で処方できるシップの枚数は、
2022年度の診療報酬改訂で70枚から63枚に減らされています。
ちなみに、その70枚というのは、2016年度の改訂で設けられたそうです。
ということは、それ以前は無制限だったようで…。はい。

シップの大量処方でクリニックが儲かるか?

シップの大量処方は以前から問題視されているところではありますが、そんな中で、医療機関が金儲けのために処方しまくっているかのような論説が聞かれることがあります。

院外処方の整形外科クリニックを経営するイチ開業医として声を大にして言わせてもらいます。

「全然、そんなことないです。」

・患者さん1人に対する処方で請求できる診療報酬は処方箋料680円。
 でも、大多数で同時に他の薬も処方されるのでシップ無しでも同じです。
・初診・再診料もありますが、シップではなく診察に対する診療報酬です。

院内処方の医療機関の場合は別ですが、院外処方であればシップを処方することによる利益はほぼカウントできないレベルです。

では、お金はどこに入っていくか。
販売元の製薬会社、医薬品卸業者、調剤薬局です。
製薬会社の利益率も卸業者のマージンも知り得ません。調剤薬局でも、調剤関連の点数は分かりますが薬価差益は分かりません。
いずれにせよ、処方量に比例して売上、利益は増えるはずです。
(構造を解説しているだけで悪意はありませんので、悪しからず。)
一方、院外処方の医療機関では、上記の通りシップはついでに処方される(要は利益なしの)ケースが圧倒的に多いので、手間は増えども利益は増えません。
(開き直って、まったく手間をかけず自動的に処方箋をバラまく薄利多売系の医療機関が存在する所以はここにあるのではないかと思います。)

さらに、まったく納得できないタチの悪い制度を愚痴らせてもらうと、

処方薬が、もし診療報酬請求後の保険審査で不適切と査定された場合、その不適切処方分に関わる薬剤料の支払いを(薬局でも卸業者でも製薬会社でもなく)医療機関が求められるんです。
院内処方で同一医療機関内で完結している話ならまだ分かります。
でも、院外処方の医療機関だったら、薬剤料に関わる売上などないのに支払いを求めらます。
患者さんにもう渡ってしまった薬剤を取り戻すわけにいかない状況で、保険負担してもらえない場合に誰かがそれを補填せざるを得ません。
それを処方箋を発行した責任という建前で医療機関に払わせて、製薬会社も卸業者も薬局も普通に利益を得ている、というのは本当にひどい話です。
シップに当てはめてみると、
もし、患者さんが強く要求してきて(故意がどうかは別として)処方した枚数が上限を超えてしまっていたような場合、
もしくは、患者さんが複数医療機関でシップを求めて(故意がどうかは別として)処方されていたのを把握できなかった場合、
それから、鎮痛剤内服時には同時使用できないタイプの最近のシップを、他医で鎮痛剤処方されていることに気づかずに処方してしまった場合、
など、
もし万が一、保険審査で査定されたら、クリニックが弁償させられます。
その構図を簡単に言ってしまえば、
「必要以上にシップを求める患者さんに、クリニックが買ってあげている」
ということです。

ただでさえ処方しても割に合わない上にこんなリスクまで負わされて、
しかも「シップ処方しまくって儲けてる」なんて揶揄されたら、
ちょっと…汗 
です。

本気で必要と思ってシップを処方しているのか?

結論から言いますが、

私自身、本気で必要と思ってシップを処方したことは一度もありません。

以上。

心からシップによる治療効果を信じている医師もいるかとは思いますし、気分を害される方がいらしたら恐縮ですが、少なくとも自分の周りの医師からはそのような意見を聞いたことがありません。

そもそもシップってなんなのでしょうか?

→ 特に明確な定義はないと思いますが、
要は「消炎鎮痛剤の含まれたシート状の外用剤」です。

痛み止めを口からではなく皮膚から吸収させるための貼り薬、なわけです。

整形外科で診療をしていると、
「冷シップか温シップ、どっちを貼った方が良いですか?」と、しょっちゅう患者さんから聞かれます。

私の答えはいつも、
「別にどっちも貼らなくていいですよ」
なのですが、
そう言われて苦笑する患者さんに、一応ちゃんと説明は付け加えます。
「冷シップは冷たく感じるだけで冷やし続ける効果はないですし、温シップも温かく感じるだけで実際に温めているわけではなく、どちらも痛み止めを皮膚から吸収させることが目的のものです。頑張って貼る必要はありません。」

何が言いたいかというと、

シップというのは、ただの「肌に貼るタイプの痛み止め」であり、痛みを和らげる効果はあっても、病態を治す効果など期待できないので、治療の上で使用しないといけないことなどないのです。
それを前提にすれば、冷たいシップか、温かいシップか、どっちがいいか?という議論自体に意味がないんです。

シップを貼らなくても、治るものは治るし、治らないものは治りません。

なぜ、シップが保険適応薬なのか?

またしても結論から言ってしまいますが、

正直言って、知りません。

痛みを軽減するツールという意味では、多少は役に立つかも知れません。
プラセボと比較して痛みが軽減した、という無作為盲検化比較研究はいくつかあるようです。(下記は日本x2, 中国x1)
https://doi.org/10.2147%2FJPR.S131779
https://doi.org/10.1016/j.jos.2020.04.014
https://doi.org/10.1155/2022/4205648

ただ、なんらかの病気や外傷の治療をする上で、治癒を促進する効果や、治療の上で必要であることを示すようなエビデンスは、皆無です。

治療上で不可欠と言える(保険適応の理由付けとなる)ような医学的な根拠など無い、あくまで、一時的に痛みを和らげられるかも知れない「痛み止め」なのです。

もちろん、他にもエビデンスのない保険適応薬剤は不思議なくらい山ほどあるので、シップだけを悪者にしてはいけませんが、でも事実は事実です。

では、なぜシップが保険適応薬なのか?

科学的な理由付けは不可能です。
そこには、
保険適応薬と認められてきた歴史的背景があり、
科学的エビデンスを求められるはずの現代になっても、それでも度外視され続ける背景がきっとあります。

保険適応外にすると損する立場の人があちこちにいるんです。

欧米諸国の医療現場でシップを見たことがない。

以前にも書きましたが、米国で医学研究をしたり自分や家族が手術を受けたり、カナダで医師として診療に当たったり手術修行をしたり、欧州諸国に短期留学をしたり、比較的あちこちの国の医療現場を見てきました。

そんな中、
欧米諸国のクリニックや病院でシップを一度も見たことがありません。
薬局でも、シップが売られているのを目にした記憶がありません。
(ゼロではないかも知れないですが、少なくとも、日本の薬局のように探さなくてもシップが目に飛び込んでくるような陳列はされていません。)

調べると、シップは中国から伝わってきたという話があるようなので、中国にはあるのかも知れないですが(上の比較研究の1つは中国からです)、こんなにシップが人気で当然のように治療薬として使われている(巨大なマーケットを形成している)のは日本だけだと思います。

日本国内ではごく自然のこととして受け入れられていますが、欧米諸国の医療業界における常識からすれば、極めて異質であり、保険適応になっていることも理解を超えています。というか、そもそも存在しない薬剤なので、海外の知人医師にもうまく説明すらできません…。

では、なぜ処方しているのか?

そこまで否定的な見解を示しておきながら、
「じゃ、なんで処方しているんだ?」と聞かれたら、

非難を覚悟の上で、バカ正直に答えます。

答えは簡単、
「患者さんとの押し問答が、あまりに不毛だから」
です。

若者の多くはシップを欲しがりません。
中高年の患者さんの処方希望がほとんどで、
特に、高齢患者さんのシップ愛は強烈です。
(それを培った日本の土壌(歴史と文化)を私は恨みます…笑)
痛みが和らぐ効果を信じるだけでなく、
貼っていれば治療になるとか予防になるとかの思い込みが強く、
不要だと伝えても「無いと不安だ」と言ってみたり、
「シップ無しでは生きていけない!」くらいの勢いで熱く語られます。
シップにそんな効果など無いことを説明しても、聞いちゃいないですし、
「そうなんですね」と言いながらも、処方希望です。

いちいち説得していたら外来が終わりませんし、シップ愛が強い患者さんによっては(事実を伝えているだけなのに)激オコになるので大変です。
なぜ月63枚ルールを医師が謝らないといけないのかも意味が分かりません。

結果として、どうなるか?
患者「シップがたくさん欲しいです」
私「じゃ、今月出せるだけ出しとくねー」
です。
そこに、議論の余地はありません。

不毛な押し問答をして時間と体力を浪費するくらいなら、
ほかの患者さんの診療に注力した方がよっぽど有益だと思うのです。




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