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財政破綻からのRE STARTで起こった奇跡③【北海道夕張市】

前回からの続きになります。

RE START

財政破綻から10年間、夕張市は財政再生計画にある意味で縛られた運営を強いられていました。10年以上前に想像で考えた予算にしたがって運営していかなければならないのです。

当然ですが、それでは日に日に変わる地域課題には対応していけません。計画の変更には3ヶ月以上の時間が必要となり、スピード感を持った対応ができないのです。計画財政再建に重きを置いた行政運営のなか、人口は3割以上減少していました。

また、市職員は新規事業に携わることができず、政策立案力や実行力が育っていきません。やりがいを感じられずに退職の道を選ぶ者も増えていました。

「何もできない」10年間が、様々な弊害を生じさせていました。

借金だけではない課題が山積するなか、財政破綻から10年目を迎えるにあたって、財政再生計画の抜本的見直しについて議論されることとなりました。設置された第三者委員会からは、下記のような提言がなされました。

夕張市は地方創生実現のための財政再生計画の再計算(収支計画の全面改定)を通じて、財政再建と地域再生の調和に向けて新たな段階に移行することを求める

「財政再建」のみならず、「地域再生」の取り組みも両立して進めるべきとの提言でした。また地域再生に向けて、夕張市の誇りの回復に向けて、下記の提言がなされました。

◎夕張再生のための提言(主なもの)
①子育て支援の充実、超過税率の解消
②複合施設の整備、診療所施設改築
③新エネルギー政策、移住・定住政策
④市職員の処遇改善、派遣職員に頼ることのない体制整備 

第三者委員会からの提言

これらの提言により、財政再生計画は抜本的に見直されることとなりました。夕張市の新たなスローガンとなったのは、『RE START Challenge more』。夕張市が新たなスタートを切った瞬間でした。

社会にうまく溶け込めず、「何もできない」日々を過ごしていた僕が夕張市役所に入ったこと。まさに『RE START』でした。夕張に来てまた「何もできない」に直面しました。自分の力不足が大きいのですが、どうすることもできない無力感がありました。

市職員にとって一番苦しいのは、目の前に課題があるのに、そこにチャンスがあるのに、住民から声があがっているのに「何もできないこと」です。目の前の課題に取り組むことが「できない」と言うのは、簡単だけど苦しいのです。

ようやく、その一歩を踏み出せる。夕張が動き出そうとしていました。

財政再生計画の抜本的見直しの概要

財政再生計画

ズリ山の有効活用「ゴミの山」から「宝の山」へ

RE START前後で起こった夕張のRE START事業をご紹介します。まずは、「ズリ山」の事例です。

炭鉱街であった夕張には、多くの「ズリ山」が存在します。
ズリ山とは、石炭を採掘(選炭)する際に出た土砂を積み上げた山のことです。石炭を採った残りですね。市内に60以上のズリ山があります。

土砂を積み上げただけなので、巨大なズリ山が雪解け水などによって侵食し、崩落の危険が発生しました。崩落すると、河川をせき止めたりして、鉄砲水が発生する可能性があります。

しかし、防災工事を行うためには、約5億円が必要となることがわかりました。財政再建化にあって、この費用を捻出することは非常に厳しい状況でした。

途方に暮れていたとき、このズリ山を調べると、選炭技術がよくない時代(つまり古い時代)のズリ山であり、石炭が推定3,000万トンも含まれていることがわかりました。

土砂に含まれている石炭は、低品炭として火力発電、製紙工場、製鋼所の発電用調整炭としての需要があることもわかりました。

そして、夕張の建設会社がプロジェクトを担っていただき、補助金や融資などを活用してプラントを建設し、選炭を開始しました。

巨大プラントで土砂を水で洗い、土砂と石炭に分けます。残った土砂は戻して整地します。災害防止工事としての役割も担います。

石炭の全量買取先となる販路も確保しました。はじめは粘土質が多くて選炭がうまくいきませんでしたが、プラントに改良を重ねて順調に選炭できるようになってきています。

このプロジェクトは、現在のペースでなんと数十年間も実施できることがわかりました。地域産業の成長や雇用創出となるばかりか、災害リスクを低減し、市は5億円かかるはずだったところを逆に売り上げの一部を収入することができています。

ふるさと納税を活用したクラウドファンディングによる高校魅力化プロジェクト

「財政破綻は、もういい」

『RE START Challenge more!』のスローガンのもと、夕張市が新たなスタートを切る市民集会。

そこで語る多くの大人は、「財政破綻の大変さ」を話していたように記憶しています。大人たちが、財政破綻、財政破綻と言うたびに、夕張高校の生徒会長の女の子がため息をついて、「財政破綻はもういい」とつぶやいているのを目にしました。

その生徒会長は、「私たちは、財政破綻を言い訳にしません。夕張だから”できない”ではなく、夕張だから何が”できる”のかを考え、チャレンジしていきます!」と宣言しました。

そのときに、高校生がまちに真剣に向き合い、チャレンジする姿に「地域(の大人)は動かされる」ということを実感しました。

これまでも、まちづくりコンセプト映像の撮影や、バス待ちスポットのデザイン、学校祭で地域に元気を届けるために出張ヨサコイなど、夕張のイメージを変えるためにチャレンジを行ってきました。

こんなに地域への想いを持てるのは”夕張だからこそ”と思ったし、”夕張高校生だからこそ”と思います。子育て事業や教育事業は、他自治体に比べてほとんど恩恵を受けずに育ってきたのです。

こんな想いを持った高校生のチャレンジ環境をつくりたい。

夕張市では簡単に新規事業は立ち上げられません。財源とセットで提案する必要があります。そこで僕は、ふるさと納税を活用したクラウドファンディング(GCF)にチャレンジすることにしました。

ふるさと納税は、お礼の品を目当てにやっている人も多いのですが、夕張市へのふるさと納税は「応援したい!」「頑張れ!」という想いのある人が多いのが特徴です。お礼の品を希望しない人もすごく多いです。

GCFは、「どのように寄付を活用するのか」をあらかじめ具体的に示してふるさとと納税を募るものです。通常のクラウドファンディングと同じように、目標金額や募集期間も設定します。

いま思えば時期尚早。高校とも完全に手を組んだ上での実施ではありませんでした。ご迷惑をおかけした方もたくさんいらっしゃいますが、「何としてもやらなくては」という想いだけで突っ走ってしまいました。

結果的に、クラウドファンディングは大成功しました。目標金額700万円の3倍以上となる2,350万円ものご寄付をいただきました。新聞記事にもなりましたが、500万円の寄付をしてくれた方が2人もいらっしゃいました。

寄付者の多くが夕張出身者で、「高校が6校もあった時代から、最後の1校がなくなりかけているなんて。応援します!」、「夕張の未来のために高校生のチャレンジを応援したい!」といったメッセージをいただきました。

この財源を活用して、塾のない夕張に公設塾「キセキノ」をつくったり、海外短期留学を実施したり、オンライン英会話を導入したり、著名人を呼んで講義を受ける「キセキの授業」を実施したり、部活動支援や資格取得支援など、様々な活動を行うことができるようになりました。

夕張のために想いを持って活動したい、チャレンジしたいことがあれば、支援することができるようになったのです。

高校時代に過ごした土地で、本気の大人と深く繋がっていた生徒は、将来その土地に貢献したいという想いが芽生えるという研究があります。このプロジェクトは、行政のしがらみの中でうまくいかなかったこともたくさんありましたが、そんなことを思ってくれた生徒がいてくれたら、幸せです。

「幸福とはなにか?」幸福の黄色いハンカチ広場のリニューアルプロジェクト

映画「幸福の黄色いハンカチ」はご存知でしょうか。高倉健さんが主演している名映画ですよね。山田洋次監督の作品です。

この映画の主要ロケ地となった場所が夕張で、ロケ地を保存しているのが幸福の黄色いハンカチ広場です。ここの一番大きな魅力は、黄色い付箋に幸せのメッセージを込めて貼り付ける場所。

ここに貼られた”幸せのメッセージ”を読んでみると、「お金が欲しい」みたいな言葉は少なくて、多くのメッセージが「家族がいつまでも一緒でいられますように」、「おじいちゃんが健康でいられますように」という他人を想う気持ちが書かれています。

普段の生活で、家族の健康を思ったり、当たり前にある”いま”が幸せと考えることってあるでしょうか。ここにある『幸せのカタチ』は、すごく価値のあることなんじゃないかと思ったのです。

ミュージアム部分は、映画のストーリーを追うだけのものになっていて、展示物も古くなっていました。そのため、展示物を一新したうえで、「あなたにとっての幸せは何か?」を考えてもらえる場所として、リニューアルしたいと考えました。

リニューアルには、東海大学の生徒にご協力をいただきました。映画ができた昭和の時代も、今の時代も変わらない「幸せとは何か?」を考えながらリニューアルプランを考えてくれました。

メインの展示物として選んだのは、みんなが考える「幸せな瞬間」を切り取った写真のコラージュ。市民の方々から写真データをいただきました。夕張の昔の時代の写真も集めました。

市民の方々から寄せられた写真を見ると、おもしろいですね。笑顔、子ども、恋人、家族、誰かと一緒にいて、笑っている。いつ、どんなときも幸せの姿は共通なんだなと思いました。

できあがったこの展示は、ぜひご来場のうえ、お楽しみください!

「幸せとは何か?」を考えるうえで外せなかったのは、映画を製作した山田洋次監督のインタビュー映像でした。

実現するなんて夢にも思いませんでしたが、松竹さんや撮影会社さん、デザイン会社さん、そして大学生の尽力によって、実現することができました。

大学生とともに監督と輪を囲んで、自分にとっての幸せを語ることができました。こちらの映像も展示物となっておりますので、ぜひご来場してご覧になってみてください。

山田洋次監督は幸せについて、こうおっしゃっていました。
「君たちに恋人はいるかい? 映画のような大恋愛だ。本当に好きな女性とお付き合いすることができた瞬間、世界を獲ったような気持ちになる。そんな思い出をいくつ持っているか」

<img alt="画像8" src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/29763351/picture_pc_75771739f5092a324b6ee2ef9488db90.jpg" width="620" height="465">

そのハンカチ広場の脇にひっそりと建つ、旧浜松美容院。
映画ロケ時には、出演者や撮影スタッフが風にたなびく黄色いハンカチを撮影するために風が吹くのを待ち、撮影後にはご主人と奥さまに魅かれた多くのお客様が訪れたという、憩いの場でもありました。

こちらに居住されていた浜松さんは、長らく施設の管理をしていただいていて、来場される方々の中には、浜松さんに会うことを目的に訪れる方もいるほど、愛された人でした。

その後、浜松さんは亡くなり、親族の方が処分を検討していたときのことです。工事を止めてまで「夕張のために残して欲しい」と懇願したのが、市職員の先輩でした。「浜松さんの温かさこそ、夕張の価値」として残したいと申し出ました。

その後、個人的に管理を引き受け、想いをつないできました。大学生にこのストーリーを伝えると、浜松さんがまた「おかえり」って言ってくれる雰囲気を残したいと言ってくれました。

建設会社の方も、大学生の想いに応えて外観の雰囲気は残したまま、素敵なカフェにリニューアルしてくれました。


みなさんにとっての幸せはなんですか?

ハンカチ広場は、自分にとっての「幸せ」に向き合うことができる場所です。

風にはためく無数の黄色いハンカチは、幸せのシンボル。
映画を観たことがなくても、ひろばを包む温かさやゆったりとした時間の流れは、どこか懐かしさを感じさせられます。

RE STARTで走り出した夕張市

夕張市は10年遅れのスタートを切りました。
突然走り出しても、練習してこなかったぶん、すぐに息切れしてしまいます。周りの自治体は、すごくすごく前を走っています。

でも、RE STARTが切れたのです。全国で唯一の財政再建団体の、歴史的な一歩です。転んでも、怪我しても、あとは前を追いかけて走っていくだけ。

「奇跡」とタイトルに書きましたが、本当の意味での奇跡はまだ起こせていません。全国で最も課題の多いまちである夕張が立ち上がれば、全国の地方の希望になります。僕はそう思って仕事をしてきました。夕張でのチャレンジは難しいけど、失敗しても日本中の誰かのためになるのだと。

人口減少、少子高齢化、財政難、これらの日本中の地方の直面している課題は、誰も解決できていない課題です。夕張から打破するきっかけをつくって欲しいです。

僕はさらにRE STARTを切って、新たなチャレンジに進むことになりましたが、これからも夕張を応援し続けます。


※妻と付き合う前に来場した際に書いてくれた想い出の一枚


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