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いのち・授かる

元教会長:ひさすえとまこ

不妊治療をしているさっちゃんから、無事にいのちが宿り、妊娠4か月という報告を受けました。ところが、出血が多くて入院中だというのです。

お話を伺った4か月前「明日、受胎しているかが、わかるんです!」と不安と希望が入り混じった表情で握手をしました。私は、そんな逼迫した時に、いえ、逼迫した大事な時だからこそ、何でもお役に立ちたいと頑張っている姿に心がキューンとしました。その後どうしたかなあと、気になっていましたが、聞くにも聞けずにいたのです。

私にはつながる思いがあります。長男の出産です。私は、結婚後、重症の喘息になり、仕事を辞め、母のように立正佼成会を一生懸命に精進しようと思っていた、結婚4年目の時です。赤ちゃんを授かりたい。お腹の大きい女性を見ると、羨ましくてしかたない。切なくて泣いちゃったこともあります。電話の向こう側でも子どもさんのいる家の気配は、賑やかで幸せそうな声が聞こえて、悲しくなってしまいました。

そんな時、喘息ですっかり痩せてしまい、身長161㎝、体重38㎏の私を選んでくれたいのちがありました。第一子の長男です。どんなに注意しても、頑張っても、毎日毎日喘息発作の連続で、腹圧がかかってしまいました。21週で破水、絶対安静。ベッドの上で、横になったまま、祈り続けました。お腹をさすりながら「ありがたいの子、仏さまの子」と何十回も、何百回も唱えていたことを思い出します。そうすることで、まだ見ぬわが子の息遣いを感じようとしていました。

担当医は「小さいから、赤ちゃんの負担を考えて帝王切開しようね。」とお話して下さいました。赤ちゃんが無事に生まれてくれるなら、どんなことでも耐えられると思いました。傷の中で激しい咳がでることは、少し想像してみても怖かったです。そんな矢先、1987年7月1日、この日は朝からお腹が痛いような重いような気がしていました。そして、午後になり、お腹の痛みを相談すると、「いい陣痛がきてます。このまま普通分娩で行きましょう。」とお産が始まりました。32週まで、毎日ゴンゴンと咳の激しい私のお腹にいてくれてありがとう。普通分娩、1590gで生まれてきてくれました。主人は「仏さまに仕えるように育てようね。」と迎えてくれました。後に、学会で発表される程の奇跡でした。

陣痛は、自分の力や意識では動かせない。
宇宙の波が押し出してくれている。いきみたいけどいきめない。宇宙の波と一緒にいきみながら、赤ちゃんの生まれてこようとする力と、押し出そうとするエネルギーがひとつになって、誕生してきました。その時のことを思い出します。自分の意識や意志とは別のエネルギーを感じました。なんでも、自分の考えや意志で生きている気持ちでいるけれども、何者かのエネルギー、働きによって生かされているということをしみじみと感じました。いのちって不思議です。だあれの何のせいでもない気がします。みんな宇宙の大生命、仏さまに押し出されて授かるいのちなんだと、陣痛の経験を思い出し、しみじみ感じています。そのいのちに重い、軽いなどあるはずもなく、幾重もの不思議を超えて授かるいのち。

今、長男は、35歳、2児のパパにならせてもらいました。

ふと、ラジオから子育て支援、サービスクーポン、、、、と流れてきた。確かに子育ては、お金がかかる。これが、課題で最優先されることなのか、少しモヤモヤがのこった。

だけど、さっちゃんの赤ちゃんの、生きよう、生まれようというエネルギーと、宇宙の生かそう、生かそうというエネルギーを信じ、まかせたい。


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