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札幌でおいしいお酒とごはん #7「番外編は高尾山でサッポロビール」(佐々木禎子)

 某日ぴかぴか晴天。待ち合わせは高尾山の山の上。
 だって夏です。高尾山では毎年夏になるとビアガーデンが開かれるのです。
 というわけで、気温がわずかでも暑くなってくると外で肉を焼きたがる北海道民遺伝子を持つ私と、北海道に越してきてすぐに道民たちに遺伝子操作をされて「お外焼肉最高遺伝子」を組み込まれた藤沢チヒロさんは、某日、高尾山にのぼったのです。
「13時に高尾山のビアガの前ね。ビアガ予約しときます」
 酒飲みと肉焼きの確保はおこたらない。さくっと予約。

 藤沢チヒロさんは自力登山をするという。
 私は体力に自信がないのでリフトで途中まで乗ってリフト降車場からビアガを目指すことにした。
 高尾山口からケーブルカーで登山するひと多いですが、私のおすすめはふたり乗りのリフトです。風を感じられるし、山がよく見えるし、あとケーブルカーの降車場所よりほんのわずかだけどリフトの降車場所が低い位置にある。ケーブルだと「これは登山ではないな」って感じですが、リフトでのぼるとそれよりちょっとだけ……もう本当に本当に五十歩百歩の差ではあるけれどちょっとだけ歩くので「少しだが山歩きをした。この足でな!!」という気持ちになれるのだ。まあその登山も徒歩十分とかですが……。

京王電鉄高尾山口駅からちょっと歩くと、ケーブルカーとリフトの乗り場があります。
その脇に登山口もあります。


 で、チヒロさんはリフト予定の私より早く家を出るわけで。
「出ましたー」「高尾山口つきましたー。のぼりまーす」などの短文が私のスマホを鳴らす。
「はやっ。私まだ家」「いまから電車のるー」と私もスマホでポチポチ送った、ら。

「もう山頂についちゃいました」

 山の上待ち合わせで「先にきちゃった」って、あるんだ!?

きちゃった

「……まだ私は電車に乗ったばかりなんだが!? うっかり早くについたところで山頂ってなんかやることある? 時間つぶせる?」
「大丈夫です」
 大丈夫ってなにがどう大丈夫なのか。高尾山はお寺があるし観光地だから大丈夫なのか。もちろん「早くきて」と言われても私にはどうにもできないのだが。
 思わずチヒロさんのXを見にいったら本を持参していて山頂で本を読むみたいな投稿をしていた。
 登山に本を持参って上級者だね。

 ところで高尾山には天狗がいる。
 だって「天狗注意」の標識がたっている。黄色に黒で「飛び出し天狗」のサイン。かわいいよね、あの標識。好きです。
 天狗がビュッと道に飛び出してこないか気をつけながらのんびり参道を歩き百八段階段をひーひーのぼり山門をくぐって今日の護摩祈祷時間をまずチェック。
 私は! 護摩を焚いているのを見るのが! 好き!!
あらゆるお寺の「護摩祈祷というステージ」を推しているといっても過言ではない。お寺にいって護摩焚きがあるとテンョンあがるし、見てしまう。今回は護摩祈祷ステージが十分後くらいで「そういえば前にここにきたとき、私は、申し込みをして護摩を焚いてもらったな」と思いだした。

 覚えてる。護摩供養の最中にものすごく雨が降りだした。ご本尊でありがたい読経と銅鑼と太鼓と雨の音が全部ミックスして炎がごうごうと高くあがって自分の祈ったものが火に燃やされて灰になっていって。
 護摩祈祷が終って外に出たら雨がもう小降りになって、傘を持っていなかった私は外に出て、そうしたらスマホの着信が鳴って。
 かけてきたのは大好きな友だちで、電話を出たら彼女は「禎子さん、私、入院しちゃった」って。
 彼女はそのとき病気治療中で、病院の入退院をくり返していた。
「そっか。私はいま高尾山にいる」
「いいなあ。あちこちいけて、いいなあ」
 彼女が言って、私は「うん」とだけ返した。
 私は本当にだめな大人なのでこういうときの言葉がいつもわからなくなる。
 電話を切ったあと、どうにかならんもんかなあと思った。
 神様。仏様。どうにかならんもんかなあ。彼女に私の寿命を譲ることはできないもんかなあ。
 と、私が思ったとて、そんなこと彼女は言われたって困るだろうしこういうのはいつも自分のなかでだけしか完結しないし外には出せるもんでもない。どうにかならんもんかなあだけが心と頭のなかでカラカカラン転がって鳴り響く。
 彼女が次に病院の外に出たときはもう告別式で、どうにもならんかったし、私が彼女と交わした最後の会話は高尾山の山中の護摩祈祷のあとの「あちこちいけて、いいなあ」「うん」だ。
 

薬王院の山門、四天王門。

 というのを思いだしながら、でもまだ護摩祈祷に十分あるし、ちょっと待つかそのあいだにお土産見て歩くかとふらふらしてたらスマホが鳴って。
「禎子さん、もうつきましたか、いまヒマですか」
 チヒロさんからの連絡。
 山の上でヒマってなんだ。ヒマになるときあるのか。登山ってどういうもんなんだ。登った先に読書とかヒマがあるのが登山というものなのか。
 登山をやらない私は疑問を抱き、なんだかおもしろくなって笑っちゃって、返信しようとポチポチとスマホを触ろうとして――そうしたら目の前にチヒロさんがいた。
 案内図を見上げて登山ルックで元気てハツラツとしていてやる気満々で、
「チヒロさん!!」
 って声をかけたら「ああ、そろそろついてると思ってたんです。なにしてたんですか」と帽子の下でぱっと笑みが広がって「なにって……十分後に護摩祈祷あるからそれ見ようと思ってて、でもそのあいだやることないからちょっと見てまわろうかと」「へー、護摩。じゃあ見ますか。護摩」。
 藤沢チヒロさん、いついかなるときもノリがいい。
 護摩祈祷を見たい私にもつきあってくれる。
「じゃあ見ましょう。護摩。おすすめです。護摩祈祷は推しです」
 と、私たちは本堂に寄せていただいて護摩ステージを堪能したのである。

 遠くからホラ貝やらなにやらいろんなものを鳴らしながらお坊サンズが列を組んでやってくる。どどんっ。太鼓が鳴る。どどんっどんっ。ひょろー。どんどんどん。ご挨拶のリーダー僧侶が私たちに向き合ってありがたいお言葉とお祈りの作法の説明をしてくれる。
 言われた通りに合掌し読経に参加しぴーひょろどどん炎に火の粉。威勢よく火の粉を散らすためにばんばん風で仰いで舞いあげるお坊さん。扇子使いがマジつえー。かっこいー。とにかく僧侶の読経チームどこにいっても声がいい。みんな声がいいので聞き惚れる。ありがたやありがたや。平安時代に女官たちが「あの寺の僧都かっこいいよね」「わかるー。特に声がさー」「いいんだよね。イケボ低音。きゃー」と言い合っていたのがわかるー。
 今回の高尾山護摩祈祷はなにを考えることもなく、かっこよく燃える炎だけ見てた。オンステージ見てた。
 といいつつ、ついつい「本がもっと売れるといいなあ」とか「家族が健康であるといいなあ」とかそういう凡庸で下世話で益体もない欲望が脳裏にふわふわと漂っていたりもしたが。
 みんながしあわせになるといい。みんながなんとかなるといい。

天狗さまにもお祈りしつつ

 そして護摩祈祷を終えてビアガーデン。
 BBQ!!!!!!!!

開催中! 「春の」が終わったら、通常の夏のビアガーデンが始まります!

 ここのおすすめはハートランドが飲み放題ビールにはいっていることよ。いろいろと飲める飲み放題。天狗のながいながいソーセージも焼けます。紙製の使い捨てのできるBBQグッズで焼いたのはじめてで火力どうなのかなと思ったけどぜんぜんいけた。

えっこれ全部飲んでいいの??
奮発して、プレミアムBBQ2人前。あれ、写真よりも野菜がすくな…
と思ったけど、お腹は十分いっぱいになりました。
このお肉や野菜たちを…
段ボール&網が竹製のBBQコンロで焼きます!

 がんがんビールを飲み、肉を食う。
 お店の人が私たちを案内し「フライドポテトとカレーが食べ放題です」と教えてくれる。私はテンション高く「フライドポテトっ、嬉しい」と応じたため、すごいフライドポテターと認定されたらしい。「おかわり自由です。いま持ってきますね」と山盛りのポテトがテーブルに運ばれた。
 チヒロさんは登山後のビールなので「くあー、しあわせー」みたいな顔になってる。

山盛りポテト! おかわり自由!
くあー!

「私、はじめてなんですよ。高尾山ビアガーデン。いいですね」
 と言うチヒロさんに、
「そうなんだ。あのさあ、私、前にここにきたときすごく好きな友だちと来たんだけど、その子、死んじゃってさあ」
 と返す私はいきなり暗い。
 実を言うと元気なときにここのビアガーデンで一緒に食べて飲んで、次にその子が入院したときに高尾山でその子からの電話を受けて、なんだか私のなかでは高尾山はその子との記憶が濃厚で、だからひとりで来たくなかったし、誰と来るのもしっくりこなかったのだ。
 いい場所だけど、来られなかった。
 という話をポツポツとしてチヒロさんは引いた顔をして聞いていた。すまん。
 すまんついでに「この話、漫画にしてよ」。
 よくあるやつ。「この話、漫画にしていいですよ」といいだすひとーーーーーーー。
 この日のビアガ、基本、私はからみ酒。チヒロさんも後半、ぐだぐだであった。たいがい私たちは後半ぐだぐだです。飲みすぎなのだ。ふたりとも。
 天気がよくて風が適度に通り抜けて絶景で心地よくてビールが美味しい野外は、重たい話も、口から出た途端、二酸化炭素となってぼわーっと空気中に消えていく。気がする。次々と肉を焼いて、写真撮って、ポテトとカレーが食べ放題で、アルコール飲み放題なので「なんとかなるだろ。なにかが」って思う。
 美味しい酒でした。
 また来よう。次は誰と来よう。次は登山してみようかな。頂上で本を読もうかな。
 山頂でヒマになってビールを飲むために汗水流して山を登るの楽しいです。

 あ!! カレー食べそびれた!!

文章・佐々木禎子(雲丹とハイボールが好きな作家) 
https://twitter.com/cheb1988
http://instagram.com/cheb1988/

写真とキャプション・藤沢チヒロ(酒クズ)
https://twitter.com/uwabamic
https://www.instagram.com/kulahkitamori/(食べ物)
https://www.instagram.com/uwabamic/(イラスト)


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