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浮き輪をつけて浅瀬だけを泳ぐ人たち

タイトルは例え話です。

「無知の知」を自覚して、物事を広く深く理解することができる人はどれくらいいるでしょうか。
きっと自分自身も含め、多くの人が「無知の知」を自覚できていないのだと思います。

人に教える仕事をしていると、客観的に見れば明らかに理解が浅いにも関わらず、自分では理解したつもりになっている人を多く見かけます。

それは例えるなら、海のことを知ろうとしているのに、家の近くのビーチで浮き輪をつけて浅瀬を少し泳いだだけで、海の事を全て知った気になっているような感覚。

世界にはいろんな景色の海があるし、海の中を潜ればまた違った景色が広がって、深海へ行けばさらに知らない事だらけ。
けど、その事実に気付かず、浅瀬を浮き輪をつけて泳いだだけで満足している(理解したつもりになっている)人が多いです。

教えている側としては、もっと広く深く知って欲しいと思うので、浮き輪を外して遠くに放り投げてしまいたい気持ちになります。
けど、そんな事をすると1人で溺れてしまって泳ぐ事がトラウマになって、2度と海へ入ろうとしなくなるかもしれない。
そう思うとそんな無茶なことはできない。

結局、強い探究心を持って自分の意思で色んなところへ行ってみたり、深いところに潜ってみたりしないことには視野は広がらないし理解も深まっていかないのだろうと思います。

自分から興味を持って泳ぐ練習をしたり潜る練習をすれば、行けるところやできる事が増えて、海に行く事が一気に楽しくなるはず。

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ずっと海の話をしていましたが、私が普段教えているのはプログラミングで、海は全く関係ありません。
浅瀬を泳いで満足している人は、学習用の動画を見たりテキストを読んだだけで理解したつもりになっている人の例え。
踏み込んだ質問をしたり、応用が必要な問題を出すと解けないにも関わらず、なんとなく理解した気になっている人たち。
上辺だけの理解になっている事を自覚し、探究心を持って自分から泳ぐ練習をして深く潜り込んで欲しい。

偉そうな事を書いているけど、自分自身、興味がないことはたくさんあるし、無知の知を自覚できていないことはきっとたくさんあるのだと思う。

だけど、仕事として、自分以外の誰かに何かしらの価値を提供する立場にあるのだとすれば、少なくともその仕事に対しては探究心を持って深く知ろうとする意思は持って欲しいと思う。

外食するとき、料理が好きじゃない人が料理長を務めるお店に行こうとは思わないと思います。
それと同じように、プログラミングが好きじゃない人に、プログラミングの仕事を頼もうとは思わないですよね。

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