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【小説】露草と淡色 第4話

デートと呼べるものではないが、休日に二人で出かける。佳乃、高校1年生の秋。

当日、佳乃はかつてないほどの鼓動を感じていた。
波風立たない心の持ち主だと自負していたが、今日は波乗りさえ出来そうだった。

前回出会った東屋に行くと、そこには既に昂平が来ていた。クロマルは佳乃に気づくとしっぽを振った。

「制服しか見たことないから私服ってなんか新鮮。」

昂平が言った。佳乃も同じことを思っていた。
昂平は涼しげな空色のブラウスに黒色のジーンズを合わせ、白のスニーカーを履いていた。
シンプルでとても爽やかだった。
佳乃はというと、持っている数少ない洋服の中からこびり過ぎていない散歩に合うような服を選んだ。白色のレースのトップスにグレーのパーカーを重ね着し、黒色のジーンズに黒のスニーカーを合わせた。本当はもっと可愛い格好をしたかったのだが、恥ずかしさと自分らしくない気がしてやめた。

「ジーンズおそろいに見えるね。」
「…ほんとだ。そうだね。」

昂平から言われ佳乃は顔が熱くなるのを感じた。
話題を変えたくて珍しく佳乃から話す。

「き、今日はどうしたの?」
「あ、急にごめん。入学してもうすぐ半年経つけど有澤とそんなにたくさん話したことないから話してみたいなぁと思って。」

話題を変えたつもりが思いがけない返事があり、余計に体温が上がるのを感じた。

「あとはここで見かけたこと気になってたし、クロマルも懐いてたから。散歩したら楽しいかなって。」

いつもの人懐い笑顔でにこにこ笑う昂平。
学校では他の誰かと話している時に見かける笑顔をまさか自分だけに向けてくれる日が来るとは。
佳乃は夢心地だった。

二人は海沿いでクロマルの散歩をしながら他愛のない話をした。
不思議と緊張がほどけ、佳乃は会話を楽しんだ。
昂平のコミュニケーション力はとても高く、佳乃の普通の話ですらとても楽しそうに聞いて相づちをうったり、深堀りをしてくれるので、自分はこんなにおしゃべりだったっけ?と錯覚するほど話しやすかった。そして、昂平は話すのも上手で、佳乃を笑わせてくれた。

「有澤って聞き上手だよね。話しやすい。」
「…そんなこと、初めて言われた。牧野君が話しやすい人ってことは知っていたけど。」
「そんな風に見える?」
「うん。いつもみんなの中心にいるから。」
「そっかぁ。自分では気づかないものだね。」

昂平がいつもとは違う少し困ったような笑顔を浮かべた。同じ笑顔でも違和感を感じた。

二人は2時間ほど一緒に過ごした。
途中からクロマルが疲れないようにと昂平は抱き抱えた。
それを見た佳乃は、「そろそろ帰ろっか」と口にした。

「有澤は学校も家も楽しい?」
唐突に昂平から聞かれ、佳乃は悩んだ。
他人に自分を見せるのが苦手なため、何と回答してよいかわからなかった。
そんな佳乃の様子をみた昂平は「ごめん」と言った。佳乃は誤解されたと思い、焦る。

「…言いたくないわけじゃなくて、人に話したことないから何て言ったらいいかわからないだけ。」

それはほとんど「悩みがある」ことを表していた。
昂平は優しい笑顔で佳乃を見ていた。

「有澤の言ってること、わかる気がする。」


-今思えば、この時にもっと昂平に聞いておけば良かったのだ。
「わたしで良ければ聞かせて」ってただ一言。
きっと彼にも人には言えない悩みがあったはずだった。

ちゃんと聞いていたら昂平にとって違う未来があったかもしれないのに。



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