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【小説】露草と淡色 第8話


この手紙を読んでいるあなたへ

この場所のことを知ってる唯一の人

高校時代はよくここへ来て、
一緒に散歩したり話をしたりした人

わたしはあなたにお礼を伝えたいと思いました。

ただそうするとあなたに迷惑をかけることになると思うので、手紙を書きます。

わたしは高校時代、あなたに救われました。

自分のことを話さないわたしをあなたはそっとしていてくれた。
それがとても嬉しかった。

少し自分のことを話そうと思います。
あの時のわたしは、母親を亡くし、心にぽっかりと穴が空いていました。
5歳年の離れた姉がよく気にかけてくれました。
父親は母親が飼いたがっていた犬を飼うことに決めました。
わたしたち家族は仲の良い家族でした。

昨年母と同じ病気で姉が亡くなり、
側にいてくれた犬も亡くなりました。

何とか自分を奮いたたせてきたけれど、
ここまでが限界のようです。

人を愛すること、失うことが苦しかった。

人生を思い返した時に、
あなたの顔が浮かびました。

ただそれだけです。

ここまで来てくれてありがとう。


読み終えた佳乃は全身の力が抜けた。
宛名も書き手もない手紙だったが、
やはり昂平から佳乃に宛てた手紙だった。

この手紙はいつ書かれたものだろうか。
メールが来たのは昨日のこと。
確かに手紙に並んだ文字は昂平の字だった。
昂平はどのような意図があってこんな手紙を書いたのか。

高校生の時の太陽のような昂平、
あれは必死に生きていた昂平だった。
そして卒業してから今に至るまで、彼は必死に生きてきたのだろう。

何も知らなかった自分を悔やみそうになるが、今はそんなことをしている場合じゃない。

昂平を見つけ出さなくちゃ。

ひどく傷ついた昂平は、
この世界から旅立とうとしている。

止めたい。

佳乃は昨日のメールを思い出した。
あれは電話番号を介して送られてきたものだったから、電話してみよう。

バッグから携帯電話を取り出す際に誤って落としてしまう。
佳乃の手は震えていた。
慌てて拾い上げ、一呼吸する。

その時、一瞬、家族の顔がよぎる。
それはこどもたちと夫の顔だった。
昂平と家族を天秤にかけたとき、
どちらに傾くかは考えなくてもわかっていた。

それでもー

佳乃が発信しようとした時、
突然携帯電話が鳴る。
親友の恵美からの電話だった。
心臓が跳び跳ねたが、一呼吸をし電話に出る。

「もしもし?」
「…仕事中にごめんね。牧野くんのことで…」

突風が吹き、潮風の匂いと波の音が消えた。

「…見つかったって…。」

恵美が振り絞って出した声はかすれ、
彼女は泣いていた。


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