【小説】露草と淡色 第2話
『あの牧野昂平が行方不明だって。佳乃聞いてた?』
高校時代からの親友である長峰恵美からのメールに佳乃は飲んでいたアイスティーを喉につまらせた。
今は昼休み。事務職である佳乃はデスクワークで凝り固まった体をほぐすため、昼休みは職場の周りを散歩するようにしている。家計のためマイボトルを持参して。木陰のベンチに腰かけてもう一度メール読む。
昂平が?
牧野昂平は佳乃の高校の同級生であり、初恋の相手だった。大学進学と同時に距離ができ、自然と会うことはなくなってしまった。
『何も知らない。』
昂平のことは何も知らない、と入力しそうになったが躊躇した。もう名前で呼べる関係ではないからだ。
『高校の同級生の間で話題になってるみたい。』
恵美は佳乃と違って交遊関係が広く、情報が入ってきたようだった。
『もし佳乃に連絡がきたら教えてね。』
私になんか来るはずがないのに、佳乃はそう思ってベンチを後にした。
牧野昂平は3年間同じクラスだった。
明るくクラスのムードメーカーで、誰にでも公平に接していた。隣の席だった内気な佳乃にもよく話しかけてくれた。そんな彼に佳乃が惹かれるのに時間はかからなかった。
大学卒業後は大手企業に就職したと風の噂で聞いた。地元の市役所に就職した佳乃は自分とは全く違う世界の住人だと感じさせられた。
佳乃は昂平に恋い焦がれながらも、思いは伝えられなかった。
何度かそういったタイミングはあったのだが…あれ?あんなに好きだったのに記憶が随分断片的になっていることに気づく。
この記憶が事実だったのか、それすらもう怪しい。自分の願望や妄想にも思える。
それでも、と佳乃は思い直す。
二人で海に行った。約束をして。
たくさん話した。
内容はもう思い出せないけれど。
心の奥に大切にしまっている思い出。
誰にも触れさせたくないもので、佳乃は大事にしまっていた。
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