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【小説】露草と淡色 第5話

仕事を終え、帰路についた佳乃は昼休みに昔の思い出を回想したことに少し罪悪感を抱いた。
過去を思い出し、悔やむことに意味なんてない。
今目の前にいる子どもたちと夫との生活を大事にすることが今の私の役目だから。

ーでも、昂平は一体どこに行ったのだろうか。

もしかしたら長期休暇をとり、旅行に行っているだけかもしれない。
噂がどこかで変化した結果もしくはその過程が恵美からの連絡なのではないかと佳乃は思った。現在進行形で今もこの噂は変化しているのかもしれない。
そう思うとこれ以上心配する必要はないような気がした。
佳乃は気持ちを切り替えて夕食の準備にとりかかることにした。
今日も夫の帰りは遅い。
今夜の夕食も二人の子どもたちがよく食べるものを作ろうと献立を決め、とりかかった。


子どもたちが寝静まった頃、ようやく夫が帰ってきた。

「ただいま。今日も遅くなってごめん。」
「大丈夫。お疲れ様。」

短い言葉のやり取りを交わした後、佳乃は夫の夕食を温め、配膳する。

「食べてね。先に寝るね。」
「おやすみ。」

夫婦の会話はこんなものだった。
寝室はこの数年間、別々となっている。
きっかけはもう思い出せなかった。
確か生活のリズムにすれ違いが出てきたから?
世の中の夫婦にはよくある話だと思っている。
寂しい関係に思われるかもしれないが、実際、寝室を別々にしてからは安眠できる日が増え、体が元気になったと感じる。

寝る前にスマホをみることは良くないと知りながらもつい手にとってしまう。
スマホ見れる時間なんて、会社の昼休みか寝る前の時間くらいしかない。

手に取り開くと一件のメールを受信していた。
それは電話番号を介して送られたものだった。

「お久しぶりです。高校の時、同級生だった牧野昂平です。」

佳乃は目を疑った。
メール本文には続きがあった。

「有澤さん、元気にしていますか?」
「突然のメッセージで驚かせてしまったら申し訳  ありません。」
「まだ覚えているかわからないけれど…クロマルが天国に旅立ちました。」
「有澤さんには伝えておきたくて連絡しました。」


感情を整理する時間がほしいと佳乃は思った。
クロマルが亡くなってしまって悲しいこと。
高校を卒業して十年ぶりに昂平から連絡が来て驚いていること。
そして、連絡がきたことを嬉しいと感じていること。
絵の具を混ぜたように、感情がぐちゃぐちゃになってしまっている。

…返信したい。

佳乃はそう思った。
同級生の間で行方不明となっていることを伝えたら、返信の理由になると思った。
何もやましいことはないはずだ。

「お久しぶりです。知らせてくれてありがとう。クロマル、もう一度会いたかった。ご冥福をお祈りします。」
「あと、同級生の間で、牧野くんが行方不明になっていると噂になっているそうです。みんな心配してるようです。」

私も心配…とは書かなかった。

送信してしばらく待ってみたが、返事はなかった。

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