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鳴らないエレクトーン。音を奏でるリコーダー。

小学校5年生か6年生の時に、音楽発表会があった。
私は、弾けもしないエレクトーン担当になった。
家にエレクトーンがあるという理由だけだった。
読めない楽譜にドレミを振って、毎日家で練習した。

発表会当日。
指揮者に合わせて鍵盤を押す。
音が鳴らない。電源ボタンも点灯していない。
え?なんで?故障?
今すぐ電源コードを確認しに行きたいという気持ちと、発表途中で中座してはいけないという気持ちがせめぎ合った。
結局私は後者を取り、鳴りもしない鍵盤を押し続けた。

もうすぐソロパート。そこで音が出なかったらどうしよう。
焦る。汗ばむ。

ソロパートの最初の鍵盤を押す。やっぱり鳴らな・・・鳴った!
最初の1音こそ途切れたが、そのエレクトーンの音は体育館中に響いた。
電源ボタンに目をやると、緑色に点灯していた。
そしてその電源ボタンは、ソロパートの終わりとともに光を失った。

「先生、エレクトーンの音が鳴らなかった。」
自分たちの出番が終わると、真っ先に先生に駆け寄った。
「そんなはずないやろ」
と笑いながら、彼は足早に他の児童の元へ行ってしまった。

ずっと気になっていた。小学校を卒業しても、成人しても。
あの時なぜ私のエレクトーンは鳴らなかったのか。
リハーサルの時には鳴っていたエレクトーンがなぜ。
そしてなぜソロパートの時だけ音が出たのか。
いつの日か、それに一つの答えが出た。

*   *   *

ある日の音楽の授業。
リコーダーの練習をしていた。
各々に練習する児童の1人に先生が声をかけた。
このクラスで1番のお気に入りの子。

「先生がお手本を吹きます。」
先生は彼女のリコーダーを自分の口へ運んだ。
瞬間、「うわ、汚い。」と声が出た。
その瞬間、彼はキレた。

「何が汚いんや!」
「何が汚いか言ってみろ!」
音楽室は瞬時にシーンとなり、彼の怒号だけが響いた。

「だって、つばつくし・・・」と怯みながらも答えると、
「俺の唾が汚いと思うやつは手挙げろ」と児童全員に問いかけた。
当然誰も手なんか挙げられるはずがない。
彼はそのまま彼女のリコーダーを口に咥え、そのパートを吹いた。

汚いと言ってはいけなかったのか、衛生上問題がありますという言い方なら良かったのか、そもそも他人の唾液を汚いと思うことはいけないことなのか、と未熟な脳で目一杯悩んだ。
でも、自分の考えが間違っているとはどうしても思えなかった。


これだ。
私はこの件で先生に謝っていない。
証拠はない。でも考えれば考えるほどそこに結びつく。
まさか教師がそんなこと、と思う気持ちもある。でも。
成長するに従って、「あり得ない」が「あり得る」に変化した。


「物事には必ず理由がある」は、私の座右の銘。
そこに「教師は聖人ではない」が結びついた。


あの時のリコーダーが私のじゃなくて本当によかった。


おわり。

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