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人権運動とオリエンタリズム

人権運動は、ある意味非常に独善的な、大きな物語に基づいて行われている。この物語において、登場人物は、3つの集団に分類される。1つ目が野蛮さを代表させられる国家(とその駒としてイメージされる民兵集団)。2つ目が被害者集団。そして、3つ目のグループが救世主である国際人権運動家ネットワークだ。

歴史的に言って、人権という概念の存在意義は、「国家から人間を守ること」にある。だから、人権は、国家を活動の対象とする。人権の観点では、人権によって野蛮さを管理するのが「よい国家」で、非自由主義的・非民主主義的あるいは権威主義的なのを「悪い国家」としてターゲットにする。

自分自身国際連合で勤務したこともあり、今でもある超国家活動家ネットワークのメーリングリストに入ってるから若干内部告発みたいになるけれど、人権という概念は、彼らのオピニオンリーダーの居住地である欧米の多数派的偏見をある程度共有している。植民地主義との継続性としては、結局、「より高い文明の西洋人」が、非西洋に行って「信じられない野蛮さ」を発見するという叙述の形式を取っている。

「南側」という場所が常に人権侵害が起こる場所として想定されているというのはその一例だ。アフリカやアジアでの人権侵害は常に活動家ネットワークのアジェンダに昇るけれど、「アメリカの人種差別を国連に提訴しよう」と言った人は、歴史上マルコムXの運動しかない。「アフリカの何が悪いか」「アジアの何が悪いか」という問題意識と、「悪いのは国家だ」という最初から決められてる答えで動いているから、実は彼らが作り出しているデータというのは、政治的に利用価値があり、しかもこれらの場所を「悪い場所」「野蛮な空間」として構築していってしまうという問題がある。

「かわいそうな原住民」を「我々文明国が救う」という叙述の構造もまた、植民地主義を正当化した「白人の使命」や「マニフェスト・デスティニー」を再生産してしまう。

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