見出し画像

2022_0523_本読み

<1753字>

冒頭の写真:
先日の白いスミレが、もう種を爆ぜ飛ばしていました。

果皮が裂開前の緑のものも見えます。

ずいぶん前に、スミレの閉鎖花というものを初めて知ってびっくりしました。

岡潔は、日本民族をスミレとたとえていて、
スミレにレンゲを咲かそうとするのはだめだ、と言っていました。

いったいそれはどういう心なんだろう、と

ついつい不思議なスミレの生態から思ってしまう山崎でした。

そして改めてスミレの閉鎖花を検索すると、

咲いた花はほとんど種を結ばない、

という記述を見つけたりして、これはスミレの中でも特定の種についてそうなのかな、と思ったり。

スミレは身近にあるのだから、自分で観察しないとなと、思いました。
咲いてる時、実が成った時だけでなく、間の推移に注意しないと。

(もしかしたら、上の写真の裂開してるのも、緑のも、すべて閉鎖花なのかもしれないのです)




5月23日(月)は以下を読みました。

『虹の解体』

リチャード・ドーキンス 著
福岡伸一 訳
早川書房
第1章 日常性に埋没した感性

時間のスケール感を、たとえて理解しようとするやりかた(面積ならば、東京ドーム何個分、の類)がまたまた重厚でした。

ギボンの本(『ローマ帝国衰亡史』(1776~88))では、1年のできごとを1ページで表現しているから、それを生物誕生から現在まで応用すると、ローマからヴェネツィアくらいの厚さの本になる、とか。

いや〜、例えが知的かつ歴史を踏まえています。
さすが大英帝国からの歴史ある世界の覇者イギリスの科学者です。

(音読した人:山崎)





『ヤマネコ毛布』

 山福朱実 作・画
 復刊ドットコム

左右対称に近いデザインの木版画が力強くていい感じでした。

ヤマネコに毛布という組み合わせが不思議。絵本の作家っていろんなことを思いつくものだな、どうしてこういうのを思いついたのかな、と
そちらを知りたくなりました。

(音読した人:はやしさん)





『学問のすゝめ』

福沢諭吉 著
岩波文庫
十一編 名分をもって偽君子を生ずるの論

〈返す返すも世の中に頼みなきものは名分なり〉

ずいぶん前に「分限」ということばが出てきていましたが、ここでは名分めいぶんです。現在よく聞くのは「大義名分」という表現です。

安冨歩さんの書いている「立場主義」と同じで、いつの世でも、社会的なポジションだけで行動するとものすごい弊害を起こす、ということですね。

(音読した人:めいさん)







『目の見えない人は世界をどうみているのか』

伊藤 亜紗 著、光文社
第3章 運動 見えない人のからだのつかい方

パラリンピック選手の吉原さんの話。

タンデムという二人乗りの自転車競技では、

見える人が前で操縦する「パイロット」
見えない人が後ろで漕ぐ「サイクリスト」

という役割分担になっています。

サイクリストは漕ぐだけでなく、
パイロットと重心をあわせなければいけない。

相手の動きを感じ取って「乗る」ことは
「ノる」ことでもある、
と表現していました。

山崎は数年前にアメリカで友人に連れてってもらって体験した、ボールルームダンスを思い出しました。
ソーシャルダンスですが、フォークダンスのように相手がどんどん変わり、相手によって全然「ノり」が違うので、面白いな〜と思ったのです。
簡単に合わせられる時もあれば、全然合わない時もあって。

リズムとかノりって大事ですね。

(音読した人:こいでさん)






『本の中の世界』

湯川秀樹 著
岩波新書
「東西遊記」

天明2(1782)年から4年間、全国を漫遊したという橘南谿たちばななんけいの作。

湯川さんが中学の授業で読んだという「知らぬ火」のところが長く引用されていました。カジキマグロらしい大きな魚を獲ったり、不知火の現象を見たり、という描写がすごく面白かったです。

江戸時代半ばは、旅行が流行だったのかもしれなくて、あこがれを掻き立てる旅行ガイド、という位置にあった本なのではないかな、と想像しました。

そういえば、と、お伊勢参りを検索すると、ウィキペディアのお陰参りという項目に行き当たり、1770年、1830年にはそれぞれ200万人、400万人以上が行ったとのこと。日本の人口が3000万人ということなので、10人に一人。

(音読した人:きよもとさん)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?