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子どものやさしさに甘えない

 私が保育園に子どもの送り迎えをしていたのはもうずいぶん前のことだが、その頃と今と比べても子育てをめぐる親の悩みは大きく変わらないように見える。親のいうことを何でも聞くような従順な子どもがいるはずはなく、口答えしたり、いつまでも泣き止まない子どもを前に、親は途方に暮れる。
 そのような子どもとどう向き合うか、子育てをどう見るかについて考えてみたい。
 世の中の多くのことはギブ・アンド・テイクの原則で行われている。ただ取るばかりで与えない人はいないし、反対に、取らないで与えるばかりという人もいないだろう。
 しかし、買い物であれば、お金を渡せば(ギブ)、すぐに品物を受け取る(テイク)ことができるが、与えても見返りを得らないこともあるではないかと考える人はいる。子育てが例としてあげられる。子育ては結果が出るまでに時間がかかるというのである。
 子どもが大きくなれば、子育ての苦労が報われたと思える日がくるかもしれないけれど、子育ての真っ只中の今は苦労ばかりが多く、とてもそんな日がくるとは思えないという人がいるのもわかる。
 三木清は、ギブ・アンド・テイクの原則は「期待の原則」であるといっている(『人生論ノート』)。与えたら返ってくることもあれば、返ってこないこともある。まれに返ってこないことがあっても、そんなこともあるくらいに思える。これが「期待の原則」である。
 そうは思えず、与えても決して返ってこない、与えたら損をすると考える人は、ギブ・アンド・テイクの原則を「打算の原則」と考えているのである。
 子育てを打算的に考えるのは普通ではないであろうし、与えても返ってこないのは子育てだけではない。見返りがなければ子育てはしないという人はいるとしても、多くはないだろう。
 しかし、子育ては本当に返ってこないのだろうか。結果が出るまでに時間がかかるのだろうか。
 子どもたちが生きていくためには、親の不断の援助が必要である。しかし、子どもは親から与えられるだけではない。今は親から受けたものを返せないけれど、大きくなれば親に返せるというのでもない。
 思うようにいかず苦しいこともあるが、それでも子どもと一緒にいられることを喜びに感じられるのは、「今」子どもは親に幸福を与えてくれるからである。毎日無事に生きていられることがいかにありがたいことか。そう思えたら、子どもとの向き合い方が変わってくる。
 まず第一に、未来ではなく、「今」子どもと生きることを大事にしようと思える。今を未来のための準備だと思わないということである。
 次に、子どもが生きていることを喜びに感じられたら、子どもに条件をつけなくなる。子どもを叱ったりほめたりする親は、親の理想に叶う子どもだけを受け入れようとしているのである。
 親の期待に添えない子どもは絶望する。親の期待を満たせる子どもであっても、親は現実の目の前にいる子どもを理想から引き算して見るので、いつ何時親から見捨てられるのではないかと戦々恐々と生きていかなければならない。親が子どもに期待をかけるのをやめれば、親も子どもも楽になる。
 第三に、子どもを叱ることがなくなる。「あなたと一緒にいられること、あなたが生きていることがありがたい」。折に触れ、そう子どもに伝えていれば、親に受け入れられていることを知った子どもは、あえて親を困らせるような問題行動をして、親の注目を引こうと思わなくなるからである。
 親から叱られてばかりいる子どもは自分を好きにはなれない。そのことがなぜ問題かというと、他の道具とは違って自分という道具は買い替えることはできないからである。自分がどんなに嫌いでも、その自分とこれからずっと付き合っていかなければならない。それにもかかわらず、自分のことが好きにならなければ、子どもは幸福に生きていくことはできない。親が子どもの幸福を奪う権利はない。
 親ができることはあまりないが、子どもが何とかして自分が好きになれるように援助したい。そのためには、子どもに条件をつけず、ありのままを受け入れることが第一歩である。
 できることは二つある。一つは、できないことではなく、できるようになったことに注目することである。以前は、何も考えずに叱ってばかりいたけれど、今は叱った途端、しまった、叱るべきではなかったと思うようになったとか、前よりは叱る回数が少なくなったということに注目するのである。
 次に、これからは叱るのをやめるいう宣言を子どもにすることである。親が突然叱らなくなると、子どもは困惑する。子どもはやさしいので、いつまでも変われない親でも許してくれるだろうが、子どものやさしさに甘えてはいけない。
 すぐには何もかも変えることはできまないが、子どもが幸福であることを願うのであれば、できるところから始めてほしい。振り返るとずいぶん遠くまできたものだと思える日がきっとくるから。


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