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【ホラー】きみが還る夏(完全版) 第五話 

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きみ歌うことなかれ、闇の旋律を。きみ語ることなかれ、魔の戦慄を。 (西骸書房)

そしてまた消えた

「くそっ!間に合わなかったか」

 平川は鋭い目で周囲を睨みつけた。宮部と二人で部屋じゅうをあらめたので誰もいないことは確認済みだ。しかしそうせずにはいられなかったのである。

 神野彩花の住むマンションに到着したのがおよそ五分前。階段を駆け上がり辿り着いた三階の部屋のドアは予想どおり鍵が掛かっており、叩こうがインターフォンの呼びかけにも応答しない。何事かと顔を出した隣の部屋の住人に、平川は身分証明書を提示して事情を手短に説明し、宮部にここにいろと怒鳴ってから隣の部屋の中へ突進した。

 ベランダに臨むサッシを開け外に出る。隣との間を隔てる仕切りを躊躇なく蹴破った。

 一瞬、目の前に黒い影がよぎったような気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせ、神野彩花のベランダへ足を踏み入れた。

 こちらの窓も鍵が掛かっていたので、ポケットから取り出したハンカチを拳に巻きつけガラスを一撃。内側から防犯シートでも貼ってあったら面倒だったが、そんなこともなくガシャンと音を立てて割れたガラスが部屋の中に落ちた。

 ぽっかり空いた割れ目に注意深く手を挿し込み、窓の鍵を開けて中へ。

 整頓された部屋の様子が目に入る。友人の白石麻里恵と違い、神野彩花の部屋は薄ピンク色のカーテンやらベッドの上のぬいぐるみやら若い女の子らしいファンシーなインテリアで満ちている。ざっと見て荒らされた形跡は見当たらない。そして肝心の部屋の主の姿もない。

 部屋を横切り玄関まで行き、鍵を開ける。二つのドアロックとご丁寧にキーチェーンまで掛かっていた。

「誰も出てこなかったか?」

 ガッとドアを引き開けた宮部に、平川は落ち着いた口調で尋ねる。

「出てくるわけないでしょう。今、平川さんが鍵を開けたばかりじゃないですか」
「それはそうなんだが」

 平川にしては珍しく歯切れが悪い。

「それで神野さんは?」
「いないようだ。とにかく中へ入れ」

 開けた放ったサッシの向こうに八月の太陽が照りつける殺風景なベランダが見える。今日の最高気温は四十度近くになると予報で言っていた。にも関わらず、いやに暗くて寒い部屋だと宮部は思った。ついさっきまで汗だくになっていた体が急速に冷えていく。

「どうした宮部」
「この部屋、やけに寒くないすか」
「そりゃあ、外から帰った神田彩花がエアコンを入れたんだろう。今日は暑いからな。ガンガン冷やして…」
「でもエアコンのスウィッチは切れています」
「なに?」

 たった今気づいたようにハッとなった平川が黙る。エアコンのリモコンを探し出し、スウィッチを入れる。数秒後、ゴーっと冷たい風が吹いて来た。

「するとどういうことになる。宮部はどう考える」
「俺と平川さんは、神野さんから連絡をもらってからだいたい二十分ぐらいでここに到着したと思います」
「そうだな。それで?」
「でも神野さんはいない。この部屋は冷房が効いているかのように寒いぐらいに冷えている。でもエアコンは稼働していなかった」
「うむ。エアコンは稼働していなかった。それでどうなる」
「エアコンのスウィッチは被害者が切ったとか?」
「無くはない。しかしさっきの電話の様子では俺と通話中に襲われたと思われる。そんな最中にエアコンを操作している余裕があるか?」
「無理でしょうね。では犯人が切ったとか」
「何のために?省エネか?被害者が電話の相手に助けを求めているのはわかったはずだ。襲ったあとにエアコンのスウィッチを切っても何の意味もない」
「その助けを求めている相手がすぐにでもここへ来るのはわかっているはずですしね」
「そうだ。ではタイマーかもな。あらかじめオフタイマーがセットされていた」
「それも無理がありますね。今は夜でも暑いですよ。こんな中途半端な時間にエアコンが切れるようにタイマーをセットしますかね」
「犯人と被害者が争っている最中にリモコンに偶然当たって、という線も無いな。リモコンはこのケースの中にきちんと入っていた」

 ファンシーな花柄のリモコンケースを宮部に見せる。

「するとどうなる」
「元々スウィッチは入っていなかった」
「そうだな。そうなる。しかしだな宮部よ。それならなぜこれほど寒いぐらいに冷えているんだ。しかも、さっき俺が窓を開けたのに、部屋の温度はそんなに変わっていないぞ」

 吐く息が白い。それほどに寒かった。ベランダの窓へ行った平川が、窓ガラスの外側の結露を発見し、それを宮部にも見せる。

「どうなっているんだ」
「わからんな。わからん」

 二人の刑事は沈黙した。しかし、いつまでも部屋が氷室ひむろになっている原因ばかりを追求しているわけにはいかない。

 念のためにトイレやバスルームを確認したが誰もいなかった。床に落ちていたスマートフォンを平川が拾い上げた。おそらく神野彩花のものだろう。

「ベランダの窓は鍵が掛かっていたんですよね」
「そうだ」
「玄関のドアにも」
「ああ。ご丁寧にチェーンロックまでな」
「他に出入口はない。それなのに誰もいない。白石麻里恵と状況が同じです」
「ダメだ。このスマホ、ロックが掛かってる」

 顔を上げた平川と宮部の視線が絡んだ。

「俺たちが到着する前に急いで出かけたのかもしれない。ちゃんと鍵を掛けてな」
「チェーンロックは?外からセットできないでしょう」
「何か方法があるのかも。おまえの好きな推理小説のトリックであるだろう」
「スマホを置いて出かけたと?そこに女性もののショルダーバッグがあります」
「ああ。中に財布と学生証やら通学用の定期券が入ってる。それから…」

 彩花のバッグから平川のゴツい指が摘み上げたキーホルダーを見て、宮部は肩をすくめ、ため息をついた。

「それ、この部屋の鍵でしょう」
「分からんぞ。彼氏の部屋の鍵かもしれない。試してみよう」

 大股に玄関ドアに向かう先輩の後を追う宮部。男たちは、一旦、部屋の外に出た。

 平川の手がバッグの中にあった鍵を玄関ドアに差し込んで回す。カチンと硬い音がして鍵が閉まり、二人の刑事は思わず顔を見合わせた。

「またかよ。ドアの鍵は部屋の中にあるのに部屋の主がいない」
「ええ。白石麻里恵の時と全く同じです」
「神野彩花もスペアキーを使ったってか」
「…」

 無言で部屋の中に戻った平川は辺りを見回す。何かを探しているようだ。

「黒いノートはどこだ」
「はい?」
「電話で言ってたんだよ。白石麻利絵の物と思われる黒い表紙のノートを見つけったって」

 ショルダーバッグの中をかき回し、テーブルの上にある物を点検した宮部は、平川の横に立って同じように周囲を見回した。

 家具は少ない。シンプルなデスクとチェア。小ぶりなクローゼットが一つ。デスクの隣の本棚にはテキストや参考書それに文庫本が少々。

 デスクの引き出しは鍵がかかっていなかった。だが黒いノートは見当たらない。本棚も同様だ。クローゼットには女ものの衣類があるだけ。友人とは違い、神田彩花はおしゃれだったようだ。

「それらしき物は見当たりませんね」
「鍵の掛かった部屋からノートも人も消えた。いったいどうなってるんだ。どう思う宮部」

 先輩刑事の声に焦りが感じられた。険しい表情で後輩を見る。

「連れて行かれたんじゃないかな」
「なんだと」
「あの、花柄のワンピースの女に連れていかれたんじゃ…」
「くだらん」
「でも先輩」
「宮部。何度も言ったが、俺は幽霊など信じない」

 平川の固い声に宮部は口をつぐんだ。

 この部屋に突入する際に平川が割った窓ガラスの補償についてマンションの管理会社へ連絡を入れる。三十分ほどで担当者がやってきた。そこであらためて補償の件と現場の保存、そして防犯カメラ映像の要請をする。

 白石麻里恵が住んでいた物件と異なり、防犯カメラは入り口とエントランスに三台、エレベーター内に一台、各階の廊下にも複数台設置されている。それらを全部チェックしたら膨大な作業になってしまうが、映像データの提供範囲が今日現在のものだけとわかると、担当者はホッとしたようだった。データを受け取るために管理会社の事務所へ後日伺うことにし、平川と宮部は部屋を後にした。

「不動産屋の前に大学へ行ってみよう」
「神野さんも白石麻里恵も同じ大学でしたね」
「ああ。大学なら学生の個人情報を持っている。白石麻里恵の件も何かわかるかもしれん」


第六話へ続く

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