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【大人の読書】ラディゲ著「肉体の悪夢」レビュー


第一次大戦下のフランス。パリの学校に通う15歳の「僕」は、ある日、19歳の美しい人妻マルトと出会う。二人は年齢の差を超えて愛し合い、マルトの新居でともに過ごすようになる。やがてマルトの妊娠が判明したことから、二人の愛は破滅に向かって進んでいく……。

あらすじ

 タイトルと著者の名は知っていたが読んだのは今回が初めてだ。とあるFFさまから推されなかったら読まなかっただろう。その理由は、ティーンズの男の子が人妻とはいえ同じくティーンズの女の子を籠絡する話なんて興味をそそられなかったから。

 という先入観はとりあえず横に置いて、Amazon  unlimitedで読んでみた。フランス語からの翻訳なのにとても読みやすい。表現は鋭く時に冷笑的だ。こんな風に…

「ベッドを選べたからといって、そこで寝られるとはかぎらないのさ」(ベッドとは女性のこと)

「ひとつのことを考え、同じものばかり頭に描き、それだけを熱烈に望んでいると、その欲望の罪深さが見えなくなる。」

「性の意識は生まれたときから僕たちのなかにあり、まだ目ざめてはいないけれど、男女が分けへだてなく遊んでいても薄れることはなく、むしろ濃密さをましていくものだった。」

「かまうものか!  幸福はエゴイストなのだ。」

「今後僕がどんな情熱を知ることになっても、年をとりすぎているからと涙を流す十九歳の女性を見ることほどすばらしい感動を味わうことは二度とないにちがいなかった。」

「女の花売りを見かけたので、赤い薔薇を一本一本選び、花束を作ってもらった。マルトの喜ぶ顔が見たかったというより、今夜、その薔薇はどうしたの、と訊く両親に、マルトが噓の理由を説明しなければならなくなることが楽しみだったのだ。いま電話でついている噓を今夜自分の両親にも繰り返し、その噓にさらに薔薇の噓が加わる。それは僕にとってキスよりも甘美な愛のしるしだった。じっさい僕は女の子たちの唇に何度もキスをしたが、大した喜びは得られなかったので、マルトの唇もそんなに欲しいとは思っていなかった。だが、それは僕が女の子たちを愛していないからだということを忘れていたのだ。」


 さて、読み始めてすぐに、今の大人の自分の価値観で読んだらこの小説は理解できないだろう、嫌悪や軽蔑しか抱かないであろうことがわかった。この作品を書いた頃の著者の年齢は「僕」やマルトと同世代であるから、自分もそこまで降りていく必要がある。すると初読ではませた自分勝手なエロガキ(さらに勉強ができて傲慢)の印象だった「僕」が、私が高校生の頃に周囲にいた男子たちと大した差が無いように思えてきた。

 その頃の男の子は尖っていて、とにかく周囲とは差をつけたがる。一方の女子は周囲から浮かないように、でも仲間たちに負けないように、恋愛でも趣味でもファッションでも、周囲の女子が知っていることやっていることは自分もやってみる。個性的だと思っているのは自分だけであって、結局のところ、その世代の若者でしかない。そしてその事実に気づいていない。

 「僕」は傲慢で大胆で自分勝手なくせに臆病者だ。さんざんマルトを振り回しておいて、でもその行動によって嫌われたのではないかと恐れる。尖っているように見えるけれど、けっこう読みやすい性格をしている。人妻が好きになるぐらいなのだから、きっと美少年なのだろうね。そう考えると生意気な「僕」が可愛く思えてきた。

 この小説は著者ラディゲの恋愛体験に基づいているという。年上の人妻に対してマウントをとっている…ように見える。でも女は嘘をつく。

 誘惑したのは「僕」なのか?彼女にキスをしようとした「僕」の首にしがみついたのは彼女であり、キスを交わしたあとに「もう来ないで」と言い、彼を不安に突き落とし、さらに彼を夢中にさせた。そして妊娠した子どもの父親は本当に「僕」なのか?

「ジャック(夫)と幸福になるより、あなたと不幸になるほうがいい」

 マルトのこのセリフは私にはあまり響かなかった。なんというか、大げさすぎるし、女なら、自分に気がある(自分も気に入っている)男をさらに沼らせるためなら言いそうだから。

 人妻なのになぜマルトは「僕」と関係を持ったのか?その理由は、新婚なのに夫が兵士として戦地へ行ってしまい寂しかったから、ではなかろうか。夫の長期出張で寂しくなった妻がよろめいてしまうみたいに。

 女は嘘をつく。好きな男の前ではなおさら。

男の幸せは「われ欲す」、女の幸せは「彼欲す」ということである。

ニーチェ

♦︎私の主観による感想なので「それは違う」というご意見はご容赦ください。


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