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[エッセイ] 驚くことに

 結局は寂しいだけだった。驚くことに、すべての原因はそれだけだった。音楽を聴いて泣いていたのも、過去の傷に自分で塩を塗り込んでいたのも、絶対に傷つくと分かっている人間関係に挑んでいたのも、noteに文章を書いていたのも、結局は寂しいからだった。

 誰かに「よく頑張ったね」と言われたかった。それだけだった。誰かに認められたくて必死に頑張っていた。僕が僕であることを当たり前だと思われたくなかった。生まれた瞬間からずっとニコニコしている人間だと思われたくなかった。僕は必死に頑張って生きてきた。人それぞれに限界があるから、結局皆同じくらいの痛みを抱えているとは思いたかったけれど、僕が幼少期の頃に乗り越えた壁に、20年遅れでぶつかってこの世の終わりみたいな顔をした人たちに人生相談をされることが本当に苦しかった。それでも僕が彼ら彼女らに力を貸したのは、
「あなたはもっと大きな困難を乗り越えたからその境地にいるのね」
と認められたかったからだ。汚い人間だった。でも、それくらいに、自分の努力を当たり前だと思われることが嫌だった。僕が欲しかったのは
「大変だったね。頑張ったね」という言葉だけだった。

 今思えば、言葉にして僕を認めてくれる人はいなかった。少なくとも、僕が求める次元の言葉をくれる人はいなかった。
 今はもう自分で言えるのだけれど、僕はものすごく頑張って生きてきた。その過程で少し配分を間違えてものすごく出来ることと、ものすごく出来ないことが生じた。そして、その2つの落差を「面白さ」として捉えられるようになった。interestingならまだマシな方でfunnyの扱いを受けることも多々あった。それが悲しかった。頑張りを認められたかった。

 何度だって書くけれど、「すごい」と言われたいわけじゃない。こうなるか死ぬかの2択だったんだ。僕をだしにして、気安く「すごい」なんて言葉を使って自分の努力不足や幸運をなかったことにしないで欲しかった。
 僕はただ、頑張りを認めて欲しかった。

 大阪人だから会話が面白いんじゃない。幼少期から親戚の大人たちにいじめられていた僕が平穏を得るには、目線を機敏に察知して先回りしてトンチの効いた話をして場を和ませるしかなかったんだ。勝手に土着のくだらない文化にまとめないで欲しい。とんでもない家族に生まれ落ちて災難だったのによく頑張ったねと言って欲しかった。
 僕はただ、小さな怒りを日々の中で溜め込むしかなかった。

 確かに親は、態度では頑張りを認めてくれていた。でも、それは彼らの思う通りの結果を残した時だけだった。成人してから急に僕を対等に扱って言葉であれこれ褒めてくれてももう遅い。僕が言葉にして欲しかったのは子供の頃だ。全身傷だらけになって自転車を乗れるようになってから補助輪を貰ったってもう要らない。要らないんだ。

 そういう意味では確かに、noteに自分の生い立ちや心情を書いて共感を得られたときはとても嬉しかった。でも、共感してくれる人たちは身近にいなかった。どこの誰かも分からないその人達の仕草を、僕は何も知らない。利き手がどちらかすら知らない。それじゃあ、物足りない。まだまだ足りない。寂しくて仕方がない。だから自然と文章を書かなくなった。書いたって満たされない。

 結局、僕に足りなかったのは自己肯定感だった。このままでは自分が幸せになれないことは明白だったから、自分を変えることにした。
 自己肯定感の低い僕は自分に優しくすることは出来ない。でも、他人になら、自分が気に入った人の範囲を少しずつ広げて優しく認めてあげることなら、出来るのかもしれない。

 半年かけて身の回りの好きな人達を認めるように心がけて、その過程で気づいたことがある。
 別に僕が認めようが認めまいが、好きな人達の価値は何も変わらない。認めるということは、限りある愛情を相手に割くかどうかの僕の問題でしかないのだ。つまり、僕が今まで認められてこなかったことは、僕の問題ではなくて、僕を素直に認められなかった人たちの問題なのだ。僕の価値は変わらないし、僕の問題でもない。

 周りが論理的な思考が下手で愛情表現が豊かでない環境に生まれ落ちてしまったことはツキが悪いとしか言えない。でも、それは人生全体のどれくらいの割合の期間を占めているだろうか。
 僕はもう好きな場所で生きていける。好きなように生きていける。場所も人間もそして世界も好き勝手に選ぶことができる。もう自由だからわざわざ自分から縛られる必要なんてない。

 僕はこれまで頑張って生きてきた。そして、これからも頑張って生きていく。至らない点はたくさんあるし、沢山の人に迷惑をかけたり、裏切ったりしてきた。それでも、僕が頑張っていなかったことにはならない。僕は頑張ってきた。

"You live in the world. Don't let the world live in you."
「君が世界の中で生きているんだ。世界を君の中に入り込ませてはいけない。」

 これからは、僕を自由にしてくれたこの言葉を大事に生きていきたい。

最後に

 子供の頃に許されなかったギャン泣きのような文章を書きなぐってきたにも関わらず今の今まで文章を読んでくれている方には心から感謝します。本当にありがとう。少しずつではあるけれど、心が安らぐ方へと人生の舵をきろうと考えています。その航海の途中で何か面白い話があればまたここに書こうと思っているので、気が向いたときに遊びに来ていただければ嬉しいです。



頂いたお金は美味しいカクテルに使います。美味しいカクテルを飲んで、また言葉を書きます。