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川越が、思った以上に江戸だった

「映画のセットみたい!」と、誰かが後ろの方で声をあげていた。

正月休みの晴天の日、小江戸と呼ばれる川越市の蔵造りの町並みを訪ねた。西武新宿線の終着駅、本川越駅を降りて10分ぐらい北に向かって歩くと、突然視界がひらけて、大正時代や江戸時代の面影を残す通りが現れる。前から写真などで見かけたことはあったので、なんとなく知ってはいたが、実際の町並みは思った以上に「江戸」だった。とはいっても、奈良や京都の風致地区とは違って、建物こそ古いが、中身は新しいカフェだったり、雑貨屋だったりと、「現代」が生きていて、うまく新陳代謝があって生命感にあふれる街だったのは、いい意味で大きく予想外だった。

駅から商店街を抜けると、熊野神社にさしかかる。初詣客が列を作る鳥居に、八咫烏(やたがらす)の紋の提灯が並ぶ景色が、まるで芝居小屋の入り口のようでおもしろい。
神社を過ぎ、大正ロマン風の和洋折衷建築が並ぶ商店街を抜けると、メインストリートに至る。南北にまっすぐと伸びた、緩やかな上り坂の両端を、黒々とした柱と壁で構成された頑丈な蔵造りの建物が、ぎっしりと、だが一つ一つバラバラの個性を持ちながら並んでいた。道の続く先を見やると、まるで遠近法の練習課題のように、遠くの一点に向かう放射状の直線が何本も見えてくるようだった。太い直線の大通り、その両サイドを黒い建物が並び、蔵や商家の屋根の稜線が、真っ青に晴れて澄み切った正月の空と、くっきりとコントラストを作っていた。

車が走り、観光のひとびとであふれる地上から少し目をそらし、屋根と、その上の青い空を眺めていたら、心がふうッと明治や江戸の昔に連れて行かれたような気持ちになった。
映像の編集技法でよくある、カメラを上にパンして空を写し、そこから下にパンしてくると時代やシーンが変わっている、という、あんな感じだった。

川越には初めて来た。わざわざ計画してくるほど遠くではないし、ちょうど正月はダルマ市というのが開かれていて面白そうだというので家族でふらっと来ただけなので、何の下調べもせずにやってきたから余計にそう感じたのかもしれないが、とにかくその町並みには感銘を受けた。誰かが「セットみたい」というのにも、完全に同意する。

が、なぜそこまで強烈に、しかもスムースに、時空を跳ぶような気持ちが起きるんだろう?
街を散策しつつ、名物の芋けんぴをかじりながら、ぼんやりと歩いていたら突然気がついた。

この通りには、電信柱と電線が無いのだ。正確に言うと、電柱を廃止して電線などを地中に埋めてあるのだ。だから、地面からスーッと目線を空に向かって上げていったときに、町並みと空をさえぎるものが無いのだ。晴れた日の午後の太陽の光が石畳に落とす影は、建物の輪郭をくっきりと映し、いきかう人々の影と不純物なしに溶け合っている。

この無電柱化、という試みは、ここ十数年、京都など古い街並みを観光資源として持っている地域でも同様に進んでいるのだが、小江戸・川越もそうなっていたというわけだ。

観光地における無電柱化自体は、「景観の美化」という面で語られていることが多い。つまり、邪魔になるノイズを除去すれば、見たいものがきれいに見える、ということなのだけど、もしかしたら見た目だけでない、大きな副次的効果があるんじゃないか? と、川越の街並みをみながら思った。それは、歴史への橋渡し効果、というようなものだ。

よくできた映画やドラマを見たり、小説を読んだりすると、ぼくたちは気がつかないうちに、ストーリーの世界や時代に旅をしていることがよくある。これは、ストーリーがきちんと設計されていて、無理なく作品の世界に入り込む導入部が用意されているからだ。

例えば『タイタニック』で言うと、海底に沈んでいるタイタニック号の船体に近づいていく潜水艦のカメラがズームしていく船体の一部が、いつの間にか過去の、まだ沈む前のタイタニック号へとオーバーラップしていく、とかの導入表現だ。映画を見ている現代の観客の気持ちを、100年近く前の昔にスムースにトリップさせている。

これと同じことが、実際の街並みで再現されているのではないか? というのが、ぼくの仮説だ。足元の現代の風景から、すーっと目線を移動する先に、昔から変わらない屋根と、太古から同じ青空が、邪魔するものなしに繋がる。

電線と電柱は、単なる視覚的ノイズではなく、ぼくらにとっては、都市化・文明化・戦後・昭和の強いシンボルでもあるわけで、それが目に入った瞬間に、せっかく過去へと飛ばそうとしていた意識が強力な力で現在に引き戻されて興ざめしてしまうのだと思う。電線は、日本に住む人々にとっては、あまりにも日常でリアルなものだから、それがあると夢から覚めてしまうのだ。

川越の古い建物の一階は、多くが新しいお店になっているし、そこは住民が普通に暮らしている。にもかかわらず、その街が全体として古い歴史から文化を引き継いで、まとまりを持っているように感じられるのは、この「歴史との橋渡し」が無電柱化によって実現できていることも、関係あるかもしれない。

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実はこの辺、前々から気になっていた、ロンドンやヨーロッパの街にある、暮らしと歴史の連続性というもののヒントでもあるな…
このテーマは引き続き。

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