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行き場をなくした/赤穂編のはじまりに

(今日はちょっとしんどいところも含みますので読まれてしんどくなりそうな方は無理して読まないでくださいね。)

ある夜のこと、アパートの一室で妻を目の前にして、私は身を丸め床に落ちていた。もう10年以上一緒にいる妻を目の前にして自分も世界もばらばらになってしまったようだった。
そのとき私が着ていたTシャツは無惨なまでに引き裂かれていた。
これは比喩ではない。本当にほんとうに身も心もずたずただった。これまでのすべてが何かに否定され、自分のすることが全て裏目に出ているような気がしていた。ただ私たちには家があり、仕事があり、家族があった。「スペック」だけ見れば、たくさん「もっている」私たちは「セーフティネット」の全然手前だった。たとえセーフティネットがあったとしても、いわゆるステレオタイプな事例に対してであって、たとえ私が相談したくてもDVなどの無料電話相談は被害者が女性である場合しか受け入れがなく、男性への支援はなかった。
つまり「ホームレス」や「無職」など、「行くところまで」行って、セーフティネットに引っかからないと助けてもらうことはできないし、生活保護の人に対して向けられる「ちゃんと働けよ」という目線を考えれば、セーフティネットに引っかかっても助けてもらえるかは怪しいものだ。誰かに助けてほしかったけど、とても状況が複雑で助けになりそうなものはなかったし、そんな誰かはどこにもいなかった。地獄の炎に焼かれるような思いだった。
私はケアすることに疲れ切っていたしケアされる彼女はもっと疲れ切っていた。やり場のない気持ち、行き場のない気持ちをそんな妻にぶつけるわけにもいかず、ただただ溜まった感情や情動みたいなものは、全身の筋肉を通してその時、私が着ていたTシャツに向かった。ちょうど北斗の拳でケンシロウが服を引き裂くみたいに?いや、そんないいものではなく発作のような永遠のような一瞬のような出来事だった。力いっぱいTシャツを引き裂き身を小さくしてうずくまった。私の体は一気に破裂して、その後あっという間に収縮して小さくなった。
「許してください、殺さないでください」と心の底からうめき声をあげて、神さまみたいなものに祈ったのは生まれてはじめてだった。


そんなある日、私たちは赤穂に訪れた。初めて来た赤穂は、少し肌寒くなった秋の夕方ということもあってとても薄暗かった。海辺に建てられた工場の明かりとその工場から首を長く出した煙突がモクモクと太い煙を吐いていてた。確か何度目かの牛窓を見に行った帰りだった気がする。到着した時に辺りはもう薄暗く景色もあまりわからなかったが、とにかく人が誰もいなかった。海沿いにおしゃれなお店が少しできているらしいという情報を得ていた私たちは試しに向かってはみたもののお店が空いている気配はなかった。
今から考えればその時間の赤穂はほとんどの店が閉まっておりコロナの影響もあって、なおさらだった。
結局、海が見える丘に公園があったので、駐車場に車を止めて薄暗い公園を二人でふらふらしていた。すると夕闇から猫が何匹か顔を出した。
そのうちの一匹は「もう連れて帰ってくれ」といわんばかりにベタベタしてくる。気がつくともう妻の膝の上に乗っているではないか。移住先を探しているのに、これ以上猫を増やして大所帯になっては元も子もないと思いながら夕方の公園でのんびりしていると、別の猫が私に寄ってくるのに気づいた。ふさふさの毛を生やした長毛の猫でモフモフふんわりしたぬいぐるみのような出立だったが、暗闇でどこか飄々と歩く佇まいは狸のようにも見えた。
のちに私たちの一員となる猫の「さびちゃん」はベンチに座った私から、一人分あいだを開けて座った。つかずはなれずの距離だった。私もそれ以上、彼女に近づくことはしなかったし、彼女もそうだった。私たちは「さびちゃん」に会いに、また赤穂に来ようと決めたのだった。

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