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きっかけ

転地療養という言葉がある。
そのとき私は故郷の京都で完全に疲弊していた。
さまざまな災厄に巻き込まれて人生を再設計する必要に迫られていた。

そんなときに思いついたというか,もはやその選択肢しかなかったのが転地療養だった.

最初は半信半疑だった.住む場所を変えたくらいで変わるものか!?という気持ちもあったし,転地療養は効果がないどころかテレンバッハによれば引越しを契機に発症する「引越しうつ病」なるものまであるらしい.しかしそうはいってもどんずまりだった.

どれくらい「どんずまり」だったかというと「家」があるのに「ホームレス」だったのだ.恐るべきことに「家」があるにも関わらず何日も安宿を渡り歩いて暮らしていた.家とは安らげる時間がある空間のことだと思う.家があっても安らげなければ最早ホームではない.私たちは借りぐらしでもいいから安息を求めた.

どこへ?転地療養のための条件は,以下のような幾つかの条件があった.

1.都会のように騒がしくない静かなところ

2.田舎特有の相互監視がないほどの程よいサイズ感

3.自然が豊かで食べ物が美味しいところ

4.海が見えるところ

5.雨が少なく日当たりのいいところ​

4番目は特に私が個人的にこだわった点だった.京都は,少なくとも市内は盆地で夏は蒸し暑く,冬は底冷えが凄まじい.海の見える開けた街に住んでみたかった.一度,作業療法実習で高知県に2ヶ月滞在したことも大きかった.初めての一人暮らしでメニエールになったりもしたけれど海辺の暮らしは本当に美しい日々だった.精神科臨床に興味をもったのもそれがきっかけだったのかもしれない.

おまけに近年の京都は完全にオーバーツーリズムのせいで,どこもかしこも「観光地化」していた.子どもの頃からよく行った日々の疲れを癒すことのできる近所の神社や森は,完全に「よそ行き」に飾られてしまっていた.そのことで観光に来た人や外国人を悪くいう京都の人もいるが,マナーの問題はあるかもしれないが,それ以前に,どこもかしこも観光地化しないと立ち行かないほど京都の行政や経済は冷え込んでいたのだし,根本的に問題を抱えているのは京都の方だと思う(のちにこのことは京都行政のニュースにもなって世間を騒がせたようだ).

私は妻と仕事の休みのたびに車で瀬戸内海方面に出向くようになった.かくしてホームレスは仮のホームを求めて海の見える街を探すたびに出たのだった.

続く

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