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マイク・ミルズ『C'mon C'mon』を見る

マイク・ミルズの『C'mon C'mon(カモンカモン)』を見に行く。(ネタバレあります)
もちろん赤穂では上映してしていないので、前回の『ベルファスト』同様に岡山の映画館まで車を走らせる。たいてい行きの車は私、帰りの運転は妻がする。下道で日生という兵庫と岡山の県境まで行き、昔は有料道路だったものが無料になったグリーンラインという道路に乗る。信号がないので走りやすいけど、それでも片道1時間半くらいかかるので短めの映画なら見れてしまうくらいの距離だ。お金もないのでしょうがなく夜9時からのレイトショーに行ったから、出発は18時過ぎで、映画を見終えて帰宅した頃にはもう深夜1時ごろだった。

『ミッチェル家とマシンの反乱』でモンチが頑張って目の焦点を合わせる所で号泣する私からするとマイク・ミルズの映画のトーンは最も好みのタイプだというわけではない。けれども、見ればいつも味わい深く鑑賞後にじわじわ残って後を引く、そんな印象だ。特に、前作にあたる『20センチュリーウーマン』も未だにじわじわ来ていて、時折思い出してはじわじわしている。

そんなマイク・ミルズの新作は、子どもにインタビューをする仕事をしている主人公ジョニーが妹ヴィヴの息子ジェシーをひょんなことから1週間ほど預かることになるという話で物語の起伏もそれほどなく、モノクロ映画ということもあって基本的には穏やかに淡々と進んでいく。映し出されるアメリカのさまざまな街は、それこそ『ベルファスト』のように昔のアメリカにも見えるが、登場するガジェットはスマホなど現代のもので、モノトーンの映像が時代や物語の抽象化をうまく演出することに一役買っていた。

映画で描かれるのは、基本的には子どもへのインタビューやアメリカでの「普通の」生活だ。インタビューする仕事もなかなか楽しそうだ。しかし、明るい夢を語る子どもたちの力強さとは対照的に、時折挟み込まれる映像やセリフに大人の重たい「人生」が顔を覗かせる。みんな楽しそうに見えても重苦しいものを背負って生きている。描かれていること以上に、その周囲であまりにも重たい「人生」が大人にのしかかっている。お互いを助け合う繋がりは、鎖になり共倒れになりかける。ざっと書き出すと、主人公のジョニーは普段から人の話を「聴く」仕事をしているが家に帰ると一人で暮らしていて、どこか所在なさげだ。子どもの未来を聴く仕事とは反対に自分は家でマイクに向かって一人喋り(モノローグ)を録音している。妹に電話をかけると息子を見てほしいと頼まれる。妹の夫ポールは双極性障害を患っているらしく入退院を繰り返している。明確には描かれないが、どうやら母親の介護の時に妹と揉めたようで関係が良いわけではない。ジョーニーは母親の介護の時は、母親の妄想に付き合ってケアしている。それを妹はどうしても許せない。母親の介護の時とは反対にジョニーは甥っ子のジェシーの「親のいない子ども」という設定の空想に付き合うことができない。逆にヴィヴは自分の子どもであるジェシーの空言に毎晩付き合っている。

この現象はケアの本質だと思う。ケアや治療の場面で妄想などをどう扱うか、と言うのは非常に難しい。それが家族なら尚更である。なかなか表現が難しいが、どんな人間でも、それぞれ違う人間だ。分かり合えているようで分かり合えてはいない。それでも私たちはどこか「同じ」ところを探して私とあなたは「同じ」だと信じる。けど私とあなたは違う。やっぱり他者だ。自分の中にだって自分じゃない存在がいる。むしろ他者性を引き受けるところからケアは始まる。
ややこしいのは最初から「同じ」だと思わなければ、言葉の通じない国の人と何とか意思疎通を図るように、互いの言葉の使い方や世界に入りながら話すことができる。
しかし家族のように「同じ」(かに思えた)だったものが「違う」ものに変容した時に、その違いをケアする人が引き受けられるかどうかが問われる。ケアする人はそのままでケアする人なのではない。ケアする人が引き受け、変化することでケアされる人が変化するのだ。けどケアされる人が病気や怪我で傷ついているのと同じくらい、ケアする人も常に傷ついている。わかっていても、いつだって、誰にだってそうできるわけではない。ジョニーもヴィヴも、ケアの場面に出会った私たちと「同じ」だ。
ようやく自分のことについて話し始めたジェシーは、背中に背負った「もの」以上に自分が引き受けた「こと」のあまりの重さに気絶するのだ。

そんなヘヴィなテーマを重くなりすぎず、かつしっかりとマイク・ミルズは描いている。映画を見ていて、なんとなく友人に貸してもらったジョン・カサヴェテスの『ラヴ・ストリームス(1984)』を思い出した。もう一度見たい。

「人生」の重さを物語のひだに折り込みながら、全体としては穏やかにコミカルに描きそっと背中を押されるマイク・ミルズの新作はやはり「じわじわ」するのである。



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