如月サラ

エディター、俳人、作家。書籍『父がひとりで死んでいた』(日経BP)発売中。遠距離介護と空き家になった実家の管理をしながら5匹の猫たちと東京ぐらし。旅、写真。俳句、ヨガ(RYT200)。Twitter @kisaragi_sarah

如月サラ

エディター、俳人、作家。書籍『父がひとりで死んでいた』(日経BP)発売中。遠距離介護と空き家になった実家の管理をしながら5匹の猫たちと東京ぐらし。旅、写真。俳句、ヨガ(RYT200)。Twitter @kisaragi_sarah

マガジン

  • R-50 Ladies Only

    50歳までの経験で学んできた生き方を、自分の「いま」として正直に書いていこうと思います。喜びも痛みも経験してきたからこその、幸せに生きるヒントになりますように。タイトルに反して50歳以下の女性にぜひ読んでほしいな。きっと今より力を抜いて楽になれると思うから。男性にもぜひ読んでほしい。女性ってこうなんだという発見があると思うから。

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父がひとりで死んでいた

1月半ばに、独り暮らしだった父(84)が遠く離れた実家の自室で倒れて亡くなっているのが見つかった。死後1週間経っていた。 1週間前から嫌な予感がしていた。朝方目を覚ますと、寝室のドアが大きく開いて廊下の電気がついていたことがあったのだ。大寒の最中、ドアを閉めずに寝ることなどあり得ない。寒い空気がひんやりと寝室に流れ込んでいた。誰が開けたんだろう。この家には私しかいないのに。 その時にもう私の心は父の死を知っていたように思う。 父は名にちなんで自分のモノに「chika」と

    • 自分を取り戻すための半年間が過ぎて

      本来この「R-50 Ladies Only」というマガジンは、ふざけたタイトルからもわかるようにnoteに「50代になって感じたこと」を、時には笑える話など交えながら書いていこうと思っていた。 けれど、2021年1月に「父がひとりで死んでいた」経験をしてからは、孤独死や遠距離介護や空き家や老猫の飼育のことを書かざるを得なかった。私の生活が1年以上、それ一色に塗りつぶされたからだ。 その過程で多くの読者のみなさまに読んでいただき心強かった。とてもひとりではこの怒濤の日々を乗

      • タイガーが死んだ

        実家から連れて帰ってきた4匹の老猫のうち、タイガーという雄猫が6月半ばに死んでしまった。慢性腎不全で1年あまり闘病していた。 実家から猫が東京の我が家にやってきた顛末はこちらの『日経xwomanARIA』に書いている。 そもそも東京の我が家には、先に2匹のノルウェージャンフォレストキャットがいた。父の死によって実家に取り残された4匹の老猫を連れてくるに当たっては、実家の近くの動物病院で健康状態を検査しており、問題ないでしょうという言葉をもらっていた。 実際はそうではなか

        • バイバイ、ブルーバード

          無人の実家に置いていた母の車を手放した。 日本中の多くの場所がそうであるように、私の故郷は車がなくては生活できない。実家から目的地までをピンポイントで結んでいる公共交通機関はなく、母の入っている高齢者施設にバスで行こうとすると一度街の中心部に行って乗り換えなくてはならない。車だと10分もかからず行けていた場所に、待ち時間も含めるとバスで2時間かかってしまう。 地方都市とはそういうところだ。 昨年は月に1度東京から飛行機に乗って実家に行き、1週間滞在するという生活を送った

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          如月サラ

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          死んだのではなく「生きてきた」

          今日は父親の命日。1年前の夜に自分の部屋で倒れてそのまま亡くなった。それから1週間、誰にも気づかれず父は自分の部屋でひとりで死んでいた。 今回、父親がひとりきりになり自宅で過ごした最後の1月初旬はどんな季節であったかを追体験しようと実家に来てみた。 1年経ってようやく過去の家族のアルバムや父の残した日記などを見る気力が湧き、眺めていたところ、昨夜ものすごく大きな気づきが降ってきて「あっ!」と思わず声が出た。 それは、「父は確かにこの世の中に生きてきたのだ」という事実だっ

          日経ARIAの連載「父がひとりで死んでいた」第10回目【最終回】が公開されました

          日経ARIAで連載してきた「父がひとりで死んでいた」が、本日公開分で最終回です。 今回は、父が亡くなったことでつむがれた様々なご縁について書いています。片付けを手伝ってくれたり気晴らしに連れ出してくれた故郷の友人、葬式で再会した親戚、家の様子を見てくれるご近所さん。 そして、なによりも大きかったのはnoteの記事に「スキ!」を押してくださったりコメントをくださったりしたみなさまでした。note読者のかたの励ましにはとてもとても感謝しています。ありがとうございました。 「

          透明な心、透明な言葉

          2021年12月11日の毎日新聞朝刊にて、論説副委員長の元村有希子さんの連載コラム「窓をあけて」で私のことを取り上げていただきました。「ひとりで生きるということ」というタイトルでした。この1年の私の日々を丁寧に取材し、静かな美しい文章で書いていただきました。 父の死から始まるこの1年、奮闘し、涙した日々がそれでよかったんだと思え、これから生きていく糧になりそうです。また、これからひとりで生きて死んでいくことの事務的な困難さも改めて感じました。 夕刻、私のウェブサイト宛にに

          「その日」は突然訪れる

          日経ARIAの特集「要介護、認知症…Xデーが来る前に親と話しておきたい10のこと」という特集のトップバッターとしてインタビューしていただきました。 「あれからの日々」と、今、思うことについて語りました。 ここでも話していますが、「その日」って突然来るものみたいです。私が父の死と母の認知症発症、施設入居が一度にやってきたということを連載するようになってから、友人達から「実はうちもね…」と話を聞くようになりました。 家族のことはなかなか人と共有するものではないですから、誰に

          著書『父がひとりで死んでいた』の予約が始まりました

          2021年2月13日にnoteに書いた「父がひとりで死んでいた」という記事。遠く離れた実家で父親が死んで1週間後に見つかったことを書いたものです。 これが思いがけず大きな反響をいただき、『日経xwomanARIA』にて後日談をリアルタイムで連載しました。 ありがたいことにその連載をまとめて大幅に加筆したものが書籍化されることになったのですが、いよいよAmazonで予約が始まりました。 本の内容をイメージしていただけるように、『日経xwomanARIA』編集部がAmazo

          日経ARIAの連載「父がひとりで死んでいた」第9回目が公開されました

          日経ARIAの連載「父がひとりで死んでいた」第9回目が公開されました。 今回は父が死に母が施設に入り「緊急連絡先」がなくなってしまった自分について。 本文にも書きいたけれど、2年くらい前にとあるインタビューを受け、その記事がYahoo! に転載されたことがある。 50代独身で、猫と暮らして十分満たされており、今後パートナーも特に必要と思っていないという私の発言が掲載されているその記事のコメント欄には、「それは結構だけれど、将来孤独死して周囲の人に迷惑をかけないでくれ」「

          今日も書かずにいられない

          今、2021年12月20日に出版する本『父がひとりで死んでいた』の大詰めの作業中で、短期間に大幅な加筆をして、昨日ようやく脱稿した。本を一冊書くというのはやはり大変な作業だ。 実は先週末に38℃の熱を出し、感染症を疑い東京都の発熱センターに電話し、病院に行った。 結果、感染症ではなく医師は「疲労でしょうね。今夜は早くベッドに入ってよく寝てください」と言った。昔はこれくらいの無理はできたのだ。いや、これ以上の無理をしないと仕事がこなせない年月が長く続いていたのだ。 今はも

          公式サイトをつくりました

          公式サイトを作って公開しました。 noteでは、50代になったからこそ感じるあれこれを書こうと「R-50 Ladies Only」というコラムをつくっていたのですが、「父がひとりで死んでいた」のエントリ以降は死んだ父のこと、認知症になって施設に入った母のこと、無人になった実家のことを中心に綴ってきました。 この1年は、そうすることしか自分の心が軽くなる術がなかったからです。 それ以外のことを書くとnoteの今の流れに合わない気がして、実家のこと以外のエッセイは公式サイト

          「姉さん、元気でね」

と叔母は言った

          先週、叔母が亡くなった。

 叔母は母の妹に当たる。母ととても仲がよく、母が入院してからも何かと実家を気にかけて父の通院に付き添ってくれたりもしていた。 死んでいた父の第一発見者も彼女だ。

父の葬儀後には私に得意のキャロットケーキを焼いてきてくれた。お菓子をどっさり買ってきてくれた。母が施設に入るときには面会にも来てくれた。 

それなのに、病に倒れてあっという間に亡くなってしまった。

母より先に。 母が、入院していた叔母のことをとても気にするので、先週面会に行っ

          日経ARIAの連載「父がひとりで死んでいた」第8回目が公開されました

          日経ARIAの連載「父がひとりで死んでいた」第8回目が公開されました。 今回は東京と実家を往復する日々の中で深く考えたの今後の仕事のことについて。実家の整理がまったく進まない理由は、仕事に縛られていたからだったのです。 自由に時間を使いたい、自分が自分のボスでありたいと思って会社を辞めてフリーランスになったはずなのに、私はまた会社員のときと同じようなスタイルで仕事をし、自分を縛っていました。 急いで自分の時間を取り戻す必要がある、と気づいた私がふとひらめいたのは、今の職

          母の誕生日とシクラメン

          今日は母の83歳の誕生日だった。 この日に合わせて1週間前から故郷の実家に帰っていた。毎日施設に顔を出していたが、今回の訪問では一度も口をひらいてくれなかった。何かを尋ねると、かすかに首を縦に振ったり横に振ったりすることもあったが、母の目は私ではないどこかを見つめたままのことが多かった。 今日も施設に向かい、誕生日だねと告げてシクラメンをプレゼントした。シクラメンの鉢植えは、お見舞いではタブーとされていることはもちろん知っている。それでも構うもんか。 母は「ありがとう」

          SIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)で得た「自分が自分のリーダーになる」という考え方

          昨年の夏から、マインドフルネス瞑想をおこなうことを習慣にしている。母が認知症専門医院に緊急入院し、父がひとり実家に残された後に孤独死し、「家族」という今まで揺るぎないものと思っていた形が崩れはじめた時に、激しく揺さぶられる心を客観的に見つめ、静けさを保つのに役に立った。身につけておいて良かったと思う。 知りたくなったらとことん調べて体験してみるのが趣味でもある私。もっと違う方面からもマインドフルネスへの学びを深めたいと思っていたこともあり、ずっと気になっていた「SIY(サー