【短編小説】ドライフラワー⑰(エピローグ)
エピローグ
パタン。
風の力であろうか。
書棚の一番端に置かれていた本が横倒しになった。
その音で私はふと現実に引き戻される。
「もう三十年になるのか。君たちと暮らし始めて」
いつの間にかピアノの自動演奏機能で再生されていたモルダウが止んでいた。
窓の外で笹の葉がサラサラと音を立てて揺れる。
まだ私が若かった頃、笹舟に幼い願いを託したことが不意に思い起こされる。
あの笹舟は、私の気持ちを一体どこまで運んでくれただろうか……
私は隣室の扉の方を振り返ってガラスケースの中に飾られ人形を見つめる。
「本当に君たちは何年経っても美しい」
正面へ向き直った私は、向かいの椅子に座る彼女を赤いベルベットで撫ぜる。
彼女は黒いワンピースからのぞく真っ白な手を西日に照らされていた。
鮮烈なオレンジ色の光が、室内に多くの影を作り、それによって生み出された軽妙なコントラストがただそこに在る彼女の存在を際立たせた。
私はまだ川の途中。
だが、もう向こう岸は見えている。
忘れ得ぬものを抱いて私は川を渡る。
そんな私の姿を見て、しゃれこうべがカラカラと渇いた音を立てて笑った。
その瞳の奥に暗き深淵をたたえて……
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