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【短編小説】ドライフラワー⑧(第二章)

***
机の上に置かれたキャンドルの炎が一瞬大きく揺らめいた。
「この前の話、正式に親に話そうと思っているんだ」
行きつけのレストランで唐突に発せられた彼の言葉に私は思わず咽せた。
おそらく彼にはそう見えただろう。
咳をしながら、私は白いハンカチで口元を抑えた。「大丈夫かい。それでどう思う?」
「もちろん素敵なことだと思うわ」
私は口を抑えていたハンカチをテーブルの下に隠しながら言った。
「今度、両家の親族を僕の家に招いて食事をしようと思うんだけど、君のお母さまの都合がいい日はわかる?」
「どうかしら、聞いてみないとわからない。それに何だか恥ずかしいわ」
彼のことは良い人だと思うし、彼の気持ちも嬉しいけれど、何もかもが急過ぎて、ノロマな私には自分のこととして捉えることが出来なかった。
「母さんもまた君に会いたいって言ってるんだ。恥ずかしいのなんてすぐに慣れるさ」

彼は今後の計画を次々に話すと私に承諾を求めた。
きっと私に考える権利なんて存在しないのだろう。
父が亡くなってから懸命に育ててくれた母の為にも、家柄の差を越えて私を愛してくれる彼の為にも……

家まで送ると言ってくれた彼の言葉を丁寧に辞去して私は家路についた。
乾いた冷たい風と歩道を埋め尽くす落ち葉を踏む度に立てる音は、私の困惑と同時に火照った気持ちを落ち着かせる一助となった。
母にも言えない不安を抱えたまま私は麗しい将来への第一歩を踏み出そうとしていた。

上着のポケットにひっそりと仕舞われた白いハンカチには乾いた赤黒い染みが残っていた。

◆◆◆
「どうだい、美しいだろう」
工房から戻ってくるなり彼は、自身の手で修復された精巧なドールを私の前に掲げて得意気な声で言った。
ドールの頭部に付けられた銀色の長髪は実際の人毛であると彼は以前説明していた。

「まるで生きているみたい」
私は眼前のドールの額にかかる髪を撫ぜる。
それはやはり生きた人間とは違った独特の手触りを持っているし、近寄せてみればゴムのような無機質な匂いがする。
その重量は見た目よりも遥かに重く、人間の赤ん坊を抱きかかえているような、密度の濃さを感じた。

そして実際に彼はそのドールを我が子のように愛でた。
「愛情を持って接すれば、この子も愛情を返してくれる」
彼は私に言ったのか、独り言であるのか判別出来ぬような調子で言った。

広大な邸の中には幾つかのドールが置かれていた。あるものは椅子に座り、あるものはガラスケースの中でポーズを取り、またあるものは天井から糸で吊られていた。
ふとした拍子には、その人間のような存在感にはっとさせられることもある。
しかし、初めは気味悪く感じた彼の趣味も、今では美しく感じられるようになっていた。

そして、心血を注いでドールを作り上げる彼の姿を見るたび、私はその真剣な眼差しや繊細な手つきに魅力を感じずにはいられなかった。
そして密かにこんなことを思ったりもするのである。
彼は形として愛を残す方法を知っているのではないだろうか。

寝室のガラスケースの中で保存されているドールを思い出す。
彼は寝る前に必ずそのドールに話し掛けた。
おやすみ、というような簡単な挨拶の時もあれば、美しいとポツリ呟くこともある。
そして、その目には私を愛する時と同様の輝きが込められていることにある時気が付いた。
その時、私は希望を見付けたように思った。
永遠は確かに存在するのだろうと……

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