【掌編小説】死の予約
約予(つづまかねて)はタイムマネジメントの達人である。
分刻み、いや秒刻みのスケジュールを的確に組むことができ、また段取りが非常に良いため上場企業の社長5人の秘書を掛け持ちしているほどである。
とある社長にGoogleカレンダーより約予(つづまかねて)とまで言わしめた男である。
つづまは非常に優秀な人物であるが、少し気難しいところもあり予定の変更をひどく嫌う。
秘書という仕事柄、顧客である社長たちの予定変更に関してはつつがなくことが運ぶように対応するが、自身の予定に関しては妥協を許さない。
そのため電車が遅延した時や、予定がずれ込み自身の帰宅時間が遅れ、睡眠がしっかり取れなかった時など、彼は露骨に不機嫌になる。
そのためつづまは自身のあらゆる予定をカレンダーに記入し、また必要があれば予約していた。
例えばつづまの1年間の献立はすでに5年先まで決まっている。
それに応じてレストランの予約などもすでに済ませてある。
不慮の事故や体調不良によりスケジュールが消化できなかった場合の可処分時間も年間○○時間といったように、有給休暇のような形で管理していた。
この性格は父譲りのものであり、つづまの父親は非常に厳格で時間に厳しい男だった。
幼い頃から父に厳しく躾けられていたつづまは気付けば父以上に厳格な人間となっていた。
ある日、とある社長が植物好きのつづまにこんな話をした。
「つづまくん、オセアニアのある島の原生林で4億年以上前に誕生した最古の樹木が見つかったそうだよ。まさに生きた化石だね。今、関係者が必死に挿し木で増やしてるんだってさ」
「それはとても興味深いですね」
この話を聞いたつづまは可処分時間を使って、早速オセアニアの島へ連絡してみた。
「ええ、現存しないと思われていた植物ですが現地人は気付かずに庭木などとして育てています。日本にいる個人の育種家へ販売した履歴もあります。そちらの育種家の方からの購入なら可能だと思いますがご紹介しましょうか?」
「ぜひお願いします」
幸運なことにその植物の価値に気付かず、日本へ輸入した育種家がいるらしい。
連絡先を教えてもらったつづまは早速先方へ連絡しアポイントを取った。
実物を見せてもらうために先方の宅へ訪問することにしたのだ。
目の前にはシダのような葉を蓄えた立派な木。
高さは7メートルほどだろうか。
「はあ、これが始祖の樹木…素晴らしい」
時間の貴重さを誰よりも知っているつづまは、悠久の時の流れを感じさせるその植物にすっかり魅入られてしまった。
「譲ってはいただけませんか?」
「すみません、それはできません。挿木であれば。根が出る保証はありませんが」
「ん〜この大きな木が欲しいのです」
「そこに挿木の苗がいくつかあるのが見えますか?どれも上手く根が生えませんでした。挿木に根が出てくれるのであれば、私は大きな木にこだわりはないので譲っても良いのですが…申し訳ありませんが今の状態だとお譲りできません」
「そうですか」
つづまは残念そうに肩を落とした。
木の所有者は少し考えてから言った。
「この木は非常に成長の遅い植物でおよそ木と呼べるサイズになるまで30年はかかるそうです。成木は30メートル近いと現地の人が言っていましたが、ここにある木でも7メートル程度しかありません。私が入手したのが約10年前、その時に30年もすれば花を咲かせて実をつけると現地の方が言っていました。自家受粉をする植物のようなのです。なので20年後、この植物が花を咲かせて実がついた時には木の方をお譲りしますがいかがですか?私は種が取れればそれを育てますので」
ほう、とつづまは目を輝かせた。
「20年後の予約…ぜひお願いします」
つづまは帰路、新幹線の中でスマホのカレンダーを眺めていた。
今から18年と228日後。
ちょうどつづまの年齢が父の享年に並ぶ年、その父の命日だった。
その日の予定を最後に、そこから先のつづまの予定は空白だった。
少し逡巡した後、つづまはカレンダーから18年と228日後の予約を削除した。
そして20年後に新しい予定を記載する。
つづまは少し優しい顔をしていた。
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