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【掌編小説】犀

「最近めっきり目が悪くなって困るよ」
「そうなの?それは大変だね」
僕の言葉に対して背中越しに返事が聞こえる。

「視界にぼんやりと影がある気もするんだよね」
「あら、病院で診てもらった方がいいんじゃないの?」
彼は心配そうに言った。
「そうだよね、ちょっと不安になっちゃうよ」
僕は空を見上げる。
太陽の光は分かるがぼんやりと滲んでいる。
そんな僕の視界の中心にはやはり影が浮かんでいた。

「でも君は耳や鼻が良いから心配しなくても大丈夫だよ。俺なんか生まれつき鼻が弱くて全然匂いがわからないんだから」
「え、そうだったの?それで生活には支障ないのかい?」
「まあ、慣れだよね。もともとあんまり鼻が効かないから特別な違和感もないよ」
「そっか。みんな何かしら苦労してるんだなあ」
僕は足元の土をいじりながら感傷的になった。

(自分に無いものを求めてすごく卑屈になるけれど、きっとみんなも何かを求めて羨んでいるのだろう)
「ありがとう、なんか元気が出たよ」
「そうかい、それは良かった。目が悪いのは気の毒だけど気に病むことはないよ。俺は君が羨ましいことがよくあるもの」
「そうだったの?」
「ああ、俺ももう少し体が丈夫で大きかったら男らしくて良かったと思うし、落ち着きがあって大人っぽい雰囲気も見習いたいと思ってるよ」
「おいおい、なんだか照れるじゃんか。やめてくれよ。僕だって君のフットワークの軽さや自由な姿にはいつも憧れてるんだよ」
何言ってるんだよとお互いに目を見合わせて笑った。

「ママー!サイさんと鳥さんがお話ししてるよ」
「あら、本当ね。何のお話ししてるのかしらね」
母親がしゃがみこんで子供の顔を見て微笑む。
「サイさんは目が悪くて、鳥さんは鼻が悪いんだって」
「ええ!?そんな話してたの?面白いね」
「うん!次はキリン見る」
子供が隣のエリアに向かって駆け出す。
「あらあら、転ばないように気を付けてね」
母親はよいしょと小さく掛け声を出して立ち上がると子供の後を追いかける。
それと同時に、サイの背で羽を休めていた鳥が軽快な羽音とともに空に舞い上がった。

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