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【短編小説】ドライフラワー⑯(第3章)

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彼女は驚いたようだった。
しかし、私は彼女が抵抗するふうでもないのを見て取ると、彼女のズボンを脱がせた。

左右不揃いな彼女の白い太ももに触れ、ゆっくりと丁寧に、愛撫するように義足を取り付けた。
「作ったんだ。時間が掛かってごめんよ」
彼女は言葉を発することなく、自身の新たな右脚をさすった。
見立て通り、彼女の左脚とぴったり長さが揃っているようで安心した。
「立てる? 行こう」
私は手を差し出した。
彼女は私の手を支えにして立ち上がる。

「少し痛いわ」
当然関節など存在しない義足は、彼女の歩行の手助けにはなるが、だからといって完全な脚の代わりとはなり得なかった。
それでも彼女は必至に歩いた。
何かに取り憑かれたように一心に前を見つめて山道を進んでゆく。
「平気? 手を貸そうか?」
「大丈夫よ。自力で歩きたいの」
彼女は喘ぎ喘ぎ言った。
しかし、その言葉には強い意志を感じた。

夜の森は二人を包んで静かに揺れている。
足元を照らす懐中電灯の明かりと、木々の間から差し込む紅い月光を頼りに私は彼女を導いた。
「もう少しだ」
踏み均された道の上を木々が覆い、自然のトンネルを作り出していた。
トンネルを抜けると視界が大きく拓けた。

⚪︎⚪︎⚪︎
眼前の洋館は長く人が住んでいないとは思えない程、整然としていた。
タイル張りの荘厳な造りは邸と呼ぶにふさわしかった。
「さあ、中へ。入って」
そう言って彼は私を中へと促した。

私の左脚に玄関に敷かれた赤い絨毯の柔らかな感触が伝わる。
不意に彼は後ろから私を抱きすくめた。
首すじに触れた彼の手がくすぐったかった。
「ここで一緒に暮らそう」
彼の言葉に私は顔だけ振り返った。
彼の唇がそっと私の耳を這う。
右手で私の新たな脚に触れる。
彼は小さく呟いた。
「君は美しい」

もうすぐ夜が明ける。
森は粛々と二人を迎え入れた。

◆◆◆
「あなたの瞳の色が魅力的な理由、初めて聞いたわ。それで彼女はどうなったの?」
彼女の口から発せられた言葉は力無く私の耳まで届いた。
私は彼女の手を強く握りながら質問に答えた。
「そこにいるよ」
ガラスケースの中に視線を送る。

真っ黒なロングヘアーと、スラリと伸びた美しい脚を持つそのドールは、先程と変わらぬ格好で虚ろな瞳をこちらに向けている。
少しだけ頭を持ち上げてガラスケースの方に視線を向けると彼女は穏やかな表情を作った。
「後日、転移が見付かったんだ。どうすることも出来なかった」
彼女は渇いた咳をするだけで私の言葉には答えない。
彼女の瞳は涙で滲んでいる。
苦しいのは身体なのか、心なのか……
私は優しく彼女の胸をさする。
「私の全てを愛している?」
彼女が尋ねた。
「もちろん」
私の言葉に対する、彼女の精一杯の笑顔は儚かった。
「それなら安心ね……お願い、あの曲を聞かせて」
苦しそうな彼女の表情がいつかの映像と重なり合う。
記憶がリフレインするような錯覚を覚えながら、私は彼女の言葉に従って腰を上げた。

彼女の額にかかる髪を左右に分けてベッドを離れると、ピアノの前に座り、モノクロの鍵盤で彼女の望む色を奏でた。

私はまだ川の途中……
彼女にはじき向こう岸が見えるだろう。
美しい姿のまま向こう岸へと歩んでゆく彼女。
私の求める答えがそこにあった。
眼前に存在していると、全ての物と調和して、その存在を忘れてしまう永遠の美しさが、目の前で最期の輝きを放つ。
この上なく完璧なものが私の目に焼き付いた。
そして私はそれに正しい形を与える。
永遠を留めるために……

忘れるという作業は私にとって実に容易で難しい。
 ……モルダウのメロディはまだ止まない。

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