【ショートショート】一方通行
「あれ、こんなところに銭湯なんてあったんだ」
近所を散歩しているときにふと目にとまったのはレトロな雰囲気を醸し出している銭湯だった。散歩で汗もかいたことだし、せっかくだからと入ってみることにした。
中には人の気配はなく、どうやら無人営業の店舗らしい。銭湯でこういう営業形態なのは初めてだが、最近は流行っているようだし、そういうものかと納得する。脱衣所で服を脱いで浴室に踏み込むと、洗い場はあるものの浴槽が見当たらない。対面側に曇りガラスがはめ込まれた引き戸があり、そこに張り紙が貼ってあった。
「なになに、『当店は一方通行風呂です。入ってからは出られませんので予めご了承ください』……おいおい、そういうのは入る前に書いておいてくれよ」
ぼやきながらいったん脱衣所に戻ろうとすると、なぜか建付けが悪いのかガラス戸が開かない。あきらめて洗い場で体を洗い、対面側のガラス戸を開ける。その先には適温の浴槽があった。ゆっくり浸かって戻ろうとしても、やはり元来た側のガラス戸は開かず。仕方なく先ほどと同様に入ってきた方と反対側のガラス戸を開く。そこには保湿用のクリームが置かれていて、それを塗ってから次のガラス戸を開く。そこではさらさらとしたパウダーが置かれていて、先ほどのクリームの上からはたくと全身が真っ白になった。
ふと、気がつく。
「ちょっと待て。このパターン、どこかで見たことがあるぞ」
ガラス戸の向こうから、ぐつぐつと何かが煮えたぎる音が聞こえてきた。
更なる活動のためにサポートをお願いします。 より楽しんでいただける物が書けるようになるため、頂いたサポートは書籍費に充てさせていただきます。