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雨男の旅事情
雨男なのである。
昔からなぜか旅行の時には決まって雨が降る。
たとえ前日の予報が降水確率0%だとしても、ちょっと油断すると風は妖しく吹き始め、鳥は巣へと帰り、猫は顔を洗い、空は昏くなり、日は遮られ、水滴が空から舞い降りてくるのである。
小学校の遠足および中高の修学旅行は全日程ではないにせよ全てどこかで雨が降った。中学生の頃は粋がって「俺、雨男なんだよね、困っちゃうぜ」なんてことを言いふらしていたものだが、土砂降りの雨が降る修学旅行の当日に自分の謎自慢を聞いていた友人たちの抉るような視線を受けてからは大っぴらに吹聴しないことにしている。
高校の修学旅行は沖縄旅行だったのだがそれも雨。
本来ならばさんさんと降りそそぐ日差しの中でロマンスの一つや二つ生まれたのかもしれないが、なにせ雨である。
どんよりとした天気と呼応するような雰囲気に包まれての旅程の間中、申し訳なさに押しつぶされそうになっていた。
以来、人と旅行することを控えるようになった。
一人旅はそれはそれで気楽なもので、好きな場所に好きなだけ行けばよいし、何をしても自由である。
なんなら一日中ホテルの部屋でごろごろしていたって良い。
というか日程のどこかは必ず雨なのでどうしてもホテルに足止めを喰らう日が発生する。なのでホテル選びの基準としては「一日いても飽きないくらいの設備があるところ」となっている。
必然的に一泊の料金がそこそこするホテルが選ばれることになるので、一人だといいのだが複数人だと申し訳ない気持ちになる。
だから割り切って一人旅を楽しんでいた、のだが。
こんな自分でもありがたくもお付き合いをする女性ができ、デートなんぞを順調に重ねていくと、どこかで「では二人で旅行でも」という機会が発生する。
さて困った。
せっかくの二人での旅行なのに、雨で台無しにされてしまってはかなわない。片っ端から予報サイトを巡り、天気図とにらめっこをして可能な限り晴れとなるような日程を考える。
日程を決めてからも不安で不安でしかたなく、ひたすら家でてるてる坊主を作り続けた。
加えて神社にお参りでもしようかとも思ったのだが、天気に関する神様はたいがい雨乞いの神様だった。雨も降らなければ降らないで困るものだし、昔の事情を考えれば雨乞いの神様がいることに文句をつけるつもりはない。
しかし最初の旅行くらいは晴れでいて欲しかった。
願わくば彼女が晴れ女でありますように。
もはや自分の中で天気の話題はタブーであったため、彼女がはたしてどっちの人なのかは分からない。
旅行当日。
必死になって日程を選び抜いたことが功を奏したのか、最寄り駅で待ち合わせしたときには清々しいほどの快晴だった。
内心でほっとすると共にうっすらとした不安は拭えないでいた。どこかで雨に降られるのではないか。
二泊三日の小旅行なのだから、こういう時くらいお湿りは我慢いただきたいと祈っていたのだけども、その祈りもむなしく二日目に彼女の希望で有名な神社にお参りしているときにぽつぽつと雨だれが落ちてきたのである。
最初の方こそ控えめな振り方だったのでそのまま耐えてくれることをを期待したのだが五分もすると本格的な雨となってしまった。
やむなく社務所の軒下で彼女と二人、雨が弱まるのを待つ。
こうなっては仕方ない。思い切って彼女に自分が雨男であることを打ち明けた。
彼女は世界の終わりでも来たかのような自分の表情を見て最初はびっくりしていたのだけど、自分が雨男であり、旅行の時には必ずどこかで雨が降るのだということを打ち明けると、くすくすと笑いだした。
彼女の反応に戸惑っている自分に対して、彼女は「いいじゃないですか、あなたのおかげで旅が潤う、ってことですね」と言ってくれた。
旅が潤う。そんな風に受け取ってくれるとは思わなかった。
「じゃあ今度は二人でディズニーランドとか行きましょうか。あそこって確か雨の日仕様のパレードとかあるんですよね。私、見たことないので」
軒から滴り落ちる雨を見つめながら彼女が言う。
そのまま境内を見回してから「それに、雨の神社ってけっこう趣あると思いません?」と重ねて言った。
ぽかんとしたままの自分もその言葉で周りを見渡す。
しとど降る雨は立ち上る靄となってあたりを覆っている。薄っすらと白い靄に包まれた境内は幽玄な雰囲気を醸し出していた。
これまで雨を避けることばかりを気にしていて、雨を楽しむということをすっかり失念していた。
二人並んで雨が上がるのを待つ。
確かに雨も悪くないかもしれない。それに気づかせてくれた彼女に感謝をしつつ、驚くほど穏やかな気持ちで降り注ぐ雨を見つめていた。
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