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白い神様

ふわふわでもこもこで白かった。

夢に出てきた神様は、そんな不思議な外見をしていたように思う。
おぼろげな記憶と共に部屋のベッドで目を覚ます。

「……変な夢だったな」

ベッドに体を起こしたままの姿勢で、がりがりと頭を掻きながらそうひとりごちる。夢の理不尽なところで、なぜか目の前にいるその存在が神様だという事が分かる。しかし頭の中から急速に失われていくそのビジュアルを形容すると、ふわふわでもこもこで白かったように思うのだ。
なんだろう、アルパカの神様か?
いやしかし四足動物の形でもなかったような。
加えて何か言っていた気がする。ええとたしか……『腹が減った、供え物を寄こせ』だったかな?神様も腹は減るのか。

その白い神様は見覚えのある光景の中に佇んでいた。
屋内で、埃が舞っていて、まるで埃の塊みたいだな、ともし本当に神様だとしたら随分と不遜なことを考えていたような気がする。

もそもそとベッドから起きだして着替えていると、不意にその光景をどこで見たのかを思い出した。欠伸を噛み殺しながら階下に降り、そのまま玄関で靴を履く。ちらりと居間の時計に目をやるともう昼を過ぎていた。
休みだからって夜更かしし過ぎたから変な夢でも見たのだろうかと思いつつ、玄関の脇にある下駄箱の上に無造作に置かれていた古めかしい鍵を手に取った。

母屋をぐるりと回って裏側に回ると、目の前にはすっかり茶色くなってしまった白壁を持つ土蔵。やたらと重厚な扉にかけられた南京錠をガチャガチャと開けて、埃っぽい内部に足を踏み入れる。
昼間でも真っ暗な内部は明かりを点けなければ何も見えない。
手探りで壁際のスイッチを入れると、天井からぶら下がった裸電球が赤っぽい光で内部を照らし出した。

相変わらずごちゃごちゃしてるよな。
そう思いながら急な角度で据え付けられている階段を上る。階段の下から届く光を頼りに埃が舞っているのが見えたということは、たぶんこの窓の近くだろう。外の光を取り入れるのと、少しでも埃を逃がすために、窓を押し開ける。

そのエリアは元々爺ちゃんが所有していた雑多な物が無造作に積まれている場所だった。積んであるものの上にはうっすらと埃が溜まっていて、それはこちらの動きによってわずかに浮かび上がった。窓からの光に照らされてチンダル現象で埃が舞うのが見えるさまは、夢で見た光景とまったく同じように思えた。

「あ、これか?」

古びた戸棚の上に、木製の箱がちょんと載っているのに気がつく。
何故か夢の通りにそこにそれがあることを、まったく不思議に思わなかった。

菓子折りくらいのサイズのその箱は、特に表書きも何もなく、ただの古い箱だった。いったいいつの物だろうか。そっと手に取り、いったん外に出てから埃を払って、慎重に蓋を開けてみる。

「なんだこりゃ」

古い箱に納まっていたのは直径5センチほどの白い毛玉だった。
母屋の玄関に箱を持って戻ると、母親が洗濯物を干していたので、中身を見せてみる。

「ケサランパサランじゃないの、これ?」
「ケセ……なんて?」
「ケセランパセランって言ってね、むかし流行ったのよ。たしか白粉が餌だったかしら」
「餌?これ生き物なの?」
「色々言われてたけど、けっきょく正体はなんだか分からなかったんじゃないかしら」

意味が分からない。生き物かどうかもよく分からないのに、餌は分かっているって、どういうこと?

「だけど、あんたよく見つけたわね」

まさか夢に出てきたとは言えなかったので「白粉なんてうちにあったっけ?」と質問で返して誤魔化す。

「白粉なんてあったかしら。たしかお婆ちゃんが使ってたような気もするけど」

それ以上質問される前に、そのまま箱を持って退散する。母屋に戻って婆ちゃんの持っていた桐ダンスを探ると、プラスチックのケースに入っている白粉があっさりと見つかった。

箱の蓋を開けて、白い毛玉の周囲に白粉を撒いてみる。
気のせいかもしれないけれど、そのケセなんとかは嬉しそうにちょっとだけ動いたような気もした。

これで満足ですか、神様? 
白い神様にお伺いをたてながら、僕は箱の蓋を再びそっと閉めるのだった。


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