悪魔治療士《デモン・ヒーラー》デミアンの治療簿
その日、ワラキア領内のトゥルゴヴィシュテの城は混乱に満ちていた。混乱の中心には一人の男。黒革の鎧を纏い、奇怪な武器を携えて単身乗り込んできたその男に、城の警備兵は圧倒されていた。
「うわぁぁぁっ!」
兵士の一人が槍を突き出し男へと迫る。しかし男は槍の穂先をするりと躱し、柄を掴んで兵士を引き寄せる。体勢を崩した兵士の首を鷲掴みにすると、恐怖に歪んだその顔をじろりと睨みつける。兵士は血の涙を流していた。男は呟く。
「ふむ。血涙ということは眼球の毛細血管がやられているな。眼圧も高くなっているはず。道理で瞳がぎらつくはずだ。兵士まで感染が広がっているとなると、城下へ広まるのも時間の問題か。急がなくてはな」
戦闘の最中だというのに男はひどく冷静だった。そのまま兵士を地面に叩きつけて気絶させると、額に引っ掛けていた遮光器を引き下ろす。懐から銀色の包みを取りだし、ベルトの金具に勢いよく擦りつける。包みは瞬時に燃え上がり、まばゆい閃光を辺りに放つ。
「アルミの燃焼反応を利用した閃光弾だ。眼圧で瞼を閉じられないお前たちには有効だな」
突然浴びせられた光にやられ、目元を押さえてのたうち回る兵士達を置き去りにして、男は城内へと侵入する。立ちはだかる兵士をものともせずに退けると、城の最奥、城主の間へと辿り着いた。乱暴に扉を蹴り開けた先には、玉座に座る城主がいた。
「あんたがヴラド串刺し公か」
言いながら男は城主をまじまじと見つめる。
「外の奴らと同じく眼圧増加に血涙、その痩せ方は内臓もだいぶやられているはず。やはりあんたが感染源だな」
さすがに王の風格か、城主は侵入者に対し威厳を持って問いかける。
「なんだ貴様は。余を殺しに来た不届き者か」
男はヴラドの言葉を受けてハッ、と哄笑う。
「殺す? 違うね。治療しに来たのさ、あんたをな」
<続く>