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くそうず

腐っていた。
生きながら、腐っていた。

里美の、あの透けるような白い肌。何度も何度も飽きもせずに愛撫した、陶磁器のように滑らかな肌は見る影も無くなっていた。

落ち窪んだ眼窩、痩せこけた頬。
爛れたように変色した肌の所々からどす黒く濁った膿が滲みだしている。どこからやってきたのか、1ミリほどの小さな羽虫がその膿に音もなく群がっていて、何度払っても執拗に集まってくる。
ぷん、と鼻をつく臭いが漂ってくる。甘ったるい中に刺激臭の混じったその臭いは、およそ生きているものの放つ臭いとはとても思えなかった。

それでも、生きている。
わずかに上下する胸元が、里美がまだ生きていることを示している。

……いや、果たしてこれを生きていると言って良いのか……?

広大な当主屋敷の奥座敷。
元来は当主の間であるはずのその部屋の中央に布団が敷かれ、その上に里美は寝かされている。
いや、転がされていると言った方が適切かもしれない。
手足が硬直しきってしまい、自分の意志では全く動けないのではもはや丸太と変わりない。

真っ白だったはずの布団が茶色く滲んでいる。
里美の身体から垂れ流された腐汁はいよいよ畳まで到達しようとしていた。

ひそひそ。
ひそひそ。

この村の萎びた老人どもが遠巻きに何事かを囁いている。奴らはまるで結界でもあるかのようにこの奥座敷までは入ってこようとしない。そのくせ奴らの囁きは羽虫のようにこちらに纏わりついてくる。

くそうずじゃ」
「そうじゃ、くそうずじゃ」
「禁忌に触れたのじゃ」
「ほれ、あれの母親もそうじゃった」
「この家の女は皆そうなるのじゃ」
「恐ろしや」
「恐ろしや」

なぜだ。なぜ。
なぜ妹の里美がこんな目に遭わなければならないのだ。

「おやおや。これは皆さま、雁首揃えてお揃いで」

不意に、場違いなほど明るい声が座敷に響き渡る。
振り向くとそこには、一人の坊主が立っていた。

<続く>


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