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オフィスレスワーカー

『荷物のお届け先が見当たりません』。
そんな内容のメールを見て都築康夫は目をひそめた。

おかしいな。宛先は会社の住所にしていたはずだ。
業務で使うつもりで私的に購入したハードディスクを、会社の住所に送ったつもりだった。

送付先の履歴を確認するが、住所は間違っていない、はずだ。

なにしろ自分が勤める会社とはいえ、名刺の一つも持っていない。
それどころか、この4月に元居た会社から転職で今の会社に移ってから一度もオフィスに出社していなかった。

フェイスブックのメッセージ経由で転職オファーが届き、面談はすべてオンライン。4月以降の業務も世間の状況を鑑みて、ということで結局今になるまで一度もオフィスには顔を出していなかった。

とはいえこれまで特に不便は感じていなかった。
会社にある都築に割り当てられたパソコンにリモートで接続しておけば業務に支障はなく、上司との面談や部内のミーティングもZOOMを使ったオンラインですべて問題なく行えるし、別に取り立てて会社の同僚と飲みに行きたいほど酒好きでもない。

これで子供でもいればリモートワークも大変だったかもしれないが、幸か不幸か40過ぎても男やもめの一人暮らし。
人恋しくないわけでもないが、この年になるまで積極的に婚活するほど必死にもなれなかった。兄弟姉妹もなく、両親も早くに亡くなり、気楽で身軽な身の上にすっかり慣れてしまった。加えてこの外出自粛制限。最近ではこのまま一生独り身かもしれないな、とうっすら感じはじめており、猫でも飼おうかどうしようかと真剣に考え始めていた。

しかし荷物が届かないのは困ったな。仕方なく家への転送手続きを行う。
ちょうどこの後部内のミーティングだったので、そこでちょっと聞いてみるかと考えた。

『…以上が今週の進捗状況です』

画面の向こうで同僚が進捗状況の報告を行っていた。

『了解。じゃあ今日の議題はこんな所か。他には何かある?』

部長が部のメンバーに問いかける。特に質問なども上がらず、会議が終わりかけたところで都築は声をかけた。

「そういえば、会社に私物の荷物を届けようと思ったんですけど、なんか上手く届かなかったんですよね。心当たりあります?」

一瞬の沈黙。最初に口を開いたのは部長だった。部長はオフィスから会議に参加している。

『いや、そんなことはないけどな。住所が間違ってたとかはない?』
「たぶん合ってると思うんですけどね」
『そうか。まあ後で総務にでも聞いてみるよ』

そう部長が言ったところで会議は終了となった。画面から次々とメンバーが消えていく。都築も会議からログアウトしようとしていたが、最後まで残っていた部長から声がかかる。

『そういえば、その荷物だっけ。それはどうするの』
「ああ、明日には家に届くみたいなんで、明後日の朝にでもオフィスに持っていこうかと」
『それじゃあ明後日はオフィスに出社するのかね』
「はい。そのつもりです」
『了解した』

そう言って部長も画面から消えた。この期に及んで初めての出社か。都築は苦笑いしながらリモートデスクトップを立ち下げた。

2日後。

地下鉄に乗るのも久しぶりな気がする。周囲に倣ってマスク姿で都築は吊革に掴まっていた。
会社の最寄り駅で降り、会社の入居しているオフィスビルにたどり着いた。
オフィスのあるフロアは6階のはずだ。最初の違和感はエレベーターに揺られているときだった。
階数表示の脇にはそれぞれのフロアに入居している企業の社名がテプラで貼り付けられているが、6階にはなにも表示がなかったのだ。

その違和感は6階でエレベーターを降りてからいよいよ強まった。
エレベーターの真正面はパーテーションで区切られており、その向こうがオフィスのようだったが、全く人の気配がない。
おそるおそるパーテーションの裏側を覗き込む。

何もなかった。

いやしかしそれは正確ではない。
フロアの中央にはポツンとオフィスデスクがあり、その上にはデスクトップパソコンが一台置いてある。
呆然としながらも都築はデスクに近づき、パソコンのマウスを操作する。見慣れたホーム画面が目に飛び込んできた。つまりこのパソコンは都築がリモートでつないでいたパソコンということだ。
しかしこれはどういうことだ?会社は昨日まで普通に業務を行っていたはずだ。それが一日でもぬけの殻になっている。
ふと思いついてパソコンを操作し、ZOOMの会議室にログインしてみる。しかしそこにも誰もいなかった。
このオフィスと同じくもぬけの殻だ。
訳が分からない。俺の勤めていた会社はいったいどうなったんだ?
さらにパソコンを操作し、会社のホームページを検索する。ホームページは変わらず存在していた。
少しホッとする。会社に勤めていたこと自体が俺の妄想というわけではないようだ。
何か他に情報はないのかと考え、ホームページをさらに閲覧する。

「当社について」と書かれたページで手が止まった。

事業内容はいい。そこは別に都築の理解と同じだった。しかし一つおかしい点がある。
代表取締役の名前が「都築康夫」となっていた。いったいこれはどういうことなんだ!?俺は社長になった覚えなどないぞ。

更に「お知らせ」と書いてあるところには、

「倒産のお知らせ

拝啓 平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、弊社は創業以来皆様より格別のご厚情を賜り今日まで存続してまいりましたが
諸般の事情により、廃業いたすことになりました。

皆様の長年に渡る並々ならぬご愛顧に心から感謝申し上げるとともに
ますますのご健勝をお祈り申し上げます。

敬具」

と書いてあった。

会社が倒産したということか?そしてその代表が、俺?ならば倒産の責任を俺がかぶせられるということなのか!?
おかしいだろう!昨日まで俺は普通に仕事をしていたはずだ。

…いや、本当に仕事をしていたのか?
普段画面越しに会っていた連中は、本当に同僚だったのか?
俺は今日ここに来るまで、何一つこの目で確かめることはしていなかった。
全ては画面の中だけで進行していた。

もしかして、本当に、俺は。

そう考えたところで、突然後頭部に強烈な衝撃を感じ、それ以降、都築の意識は闇に消えた。


数日後の地域ニュースにて、
『会社廃業の責任を取って、代表取締役の都築康夫さんがオフィスで首を吊っているところを発見されました』
とのニュースが小さく流れたが、それを気に留めるものは誰もいなかった。

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