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四月の魚

桜の花も盛りの四月一日。私、轟美沙は所属するオカルト同好会の男子の先輩であるところの宗像先輩と二人、同好会の部室で今年大学入ってくる新入生をどうやって勧誘するかについて相談をしていた。現在大学三年である会長の東條先輩、その一個下の宗像先輩、そしてさらに一個下の私がこのオカルト同好会の実態メンバーとなっている。各学年一人ずつしかいないので、せめて新入生を二人は入れたいですね、なんて話をしていたら、東條先輩が部室に入ってきた。

しかしその表情はいつもと異なりずいぶんと悲壮な面持ちに見える。いつもいたずらっぽい笑みを浮かべている東條先輩にしてはとても珍しく、そんな表情をされてしまったらさすがに声をかけずにはいられない。

「いったいどうしたんですか、ずいぶんと深刻な顔してますけど」

うう、と涙声になりながら東條先輩はこちらに言ってくる。

「実は留年しちゃって……」
「ええっ!?」

私はびっくりして思わず叫んでいた。対して宗像先輩はいたって冷静で、冷めた目で東條先輩に話しかけている。

「ほら、やっぱり信じちゃったじゃないですか。普段から怪しい発言してるからですよ」
「ショックだわ……。私そんなにお馬鹿だと思われてるのかしら」

あれ?宗像先輩は思った以上に冷静だし、東條先輩もさっきまでの涙声はどこへやら、けろりとした表情で宗像先輩とお喋りしている。そこでようやく私も気がついた。

「え、あ、もしかして嘘なんですか?」

東條先輩は黙ってこちらに頷いた。

「ほら、だって今日はエイプリルフールでしょ」
「ああ、そういえば」

言われて私も思い出す。そういえばSNSでも朝から企業アカウントなどがずいぶんとはっちゃけていたような気がする。どうにも休みの期間だということもあって、今日がエイプリルフールであることをすっかり忘れていた。私を騙せたことで東條先輩は満足そうな笑みを浮かべている。

「でも面白いわよね。これだけ世界中に広まっているのに、いまいちエイプリルフールの起源ってわかっていないんでしょ?」
「ああ、確かそうみたいですね」
「そうなんですか!?」

びっくりした。こんなに有名な行事なのに、由来がわかっていないなんてことがあるのだろうか。宗像先輩が付け加えるように言う。

「まあ、いくつか説はあるみたいだけどな。例えばフランスでは元々四月一日が新年だったのをある王様が一月一日にしたんだけど、元々新年の贈り物をする習慣をそのまま四月一日に続けたのが起源、とか。ちなみにフランスでは今日のことは四月の魚、ポワソン・ダブリルって言うらしい」
「……それ、ほんとですか?」

さっき見事に騙されてしまったから、さすがに私も慎重になる。

「ほんとだって。轟は疑り深いなぁ」

苦笑しながら宗像先輩は答える。

「魚の形をしたチョコレートを送ると恋愛が成就するっていう言い伝えもあるし。轟も誰かに送れば?」
「あ。……そういうこと言っちゃうんだ」

宗像先輩の言葉に対して、東條先輩が私の横でぽそりとつぶやいた。小声だったので、たぶんそのつぶやきは私にしか聞こえていないだろう。私は平静を装ってスマホをいじる。

「へえ、そうなんですね。バレンタインデーみたい。日本じゃあんまり浸透してませんね」
「恋愛成就、は嘘だけどな」
「……思わずネットで探しちゃったじゃないですか、魚のお菓子」
「ごめん、つい冗談で」

手を合わせてこちらに軽く頭を下げてくる宗像先輩に向かって、「あんまりそういうこと言うと、その魚のお菓子、先輩にあげませんからね?」と言ってやる。何を言われていたのか理解が及ばなかったのか、ぽかん、とした顔をする宗像先輩。対照的に東條先輩はにやにやした顔でこちらの背中をこっそりとつついて小声で告げてくる。

「……轟ちゃんも図太くなってきたわね」
「去年のクリスマスの妹さんの件以来、なんだかふっきれた気がするんですよね。先輩みたいな朴念仁にはちょっと強めでいくくらいがいいんじゃないかと思えてきました」

小声でこそこそとやりとりをしている私達に対して、宗像先輩は不審そうに聞いてくる。

「いったい何の話だ?」
「なんでもないです。そこの池で四月の魚でも跳ねたんじゃないですか?」

部室の窓から見える小さな池を指さして、私は悪戯っぽく、くすりと笑うのだった。

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