モニター越しの幻想


ピコン、とスマホから通知音が鳴り、達夫の元にURLが送付されてきた。
料金の振り込みの確認が終わり、予約が完了したらしい。
達夫は期待半分、不安半分でつぶやく。

「さてさて、いったいオンラインキャバクラはどんなもんかな?」


疫病の蔓延により夜の街に足を向けることが出来なくなって久しい。
週末のたびに夜のネオン街に繰り出していた達夫にとって、それは生きる楽しみを奪われたに等しかった。
アルコールと煙草と化粧の匂いが混じった空間が懐かしい。
嬢との他愛もない会話は平日の仕事を乗り切るための達夫のエネルギーの源だ。流石にオンラインではあの匂いまでは再現できないだろうが、久しぶりに嬢とお喋りができると今から想像するだけで、達夫の気力はふつふつと満ちてくるのだった。

予約当日。達夫はいそいそとパソコンを立ち上げ、ZOOMを使って指定の時間にアクセスする。
画面には彼が指名した「ナルミちゃん」がドレス姿で待ち構えていた。

「あ、繋がったかな?こんばんわ~、ご指名ありがとうございます!ナルミです」

思ったよりも高めの声のナルミちゃんは達夫がログインしてきたことに気が付くとにこやかに挨拶をしてきた。
後ろには豪奢なラウンジを模した背景画像が表示されている。意外と凝っているな、と達夫は感心する。

「凄いね。背景それっぽくしてあるんだ」
「そうなの。けっこうすごいでしょ」

達夫が事前に想像していたよりもそれはリアルに近い体験だった。惜しむらくはやはり匂いが感じられないところか。
完全指名制なのも思ったより良かった。リアルの店舗では人気の嬢はすぐに指名が入って去ってしまうが、これは完全に一対一の空間。
もともと会話を楽しむタイプの達夫にとっては、むしろじっくりと話せる分よいかもしれない、と思い始めていた。

「今日は忙しいの?」
「えーとー、そうでもないかなー。でも自分のおうちだし待ってる時間もヒマしないからけっこういいかも」
「そっか、自分の家だもんね。あ、じゃあ背景を消したらナルミちゃんの部屋が見えちゃうんだ。ねえちょっとためしに見せてよ」
「えー、やだー。恥ずかしいもん。散らかってるし」
「いいじゃない、ナルミちゃんのお部屋見たいなー」
「ダメですぅ、お部屋は禁止!」

少しセクシャルな、しかし他愛もない会話をやり取りする。途中でお互いにアルコールの栓を開けて乾杯する。
そうだよ、これがしたかったんだ、と達夫は久しぶりに気分が盛り上がっていた。

30分ほど会話した頃だったろうか。ナルミの周囲にわずかにノイズが走ったように達夫は感じた。

「ん?なんか今画面がちょっと乱れなかった?」
「えー、そうですかー?こっちは何ともないですよ」
「ああそう。気のせいかなぁ」

ナルミはおしゃべりしながらちらちらと画面外の手元を見ている。スマホでも手元にあるのだろうかと達夫は不振に思う。

「だめだよナルミちゃん、ご指名なんだからちゃんと僕と会話してくれないと」
「…あ、ごめんなさい。ちょっとスマホの充電が切れそうだったから」
「それなら僕がモバイルバッテリーをナルミちゃんの家まで届けに行こうかな?」
「何言ってるんですか、ダメですよぉ」

そんな会話をしているうちに、気が付けばあっという間に指定の1時間が経っていた。達夫は延長しようかともちらりと考えたが、逡巡しているうちにナルミちゃんの方から切られてしまった。
「ありがとうございましたー、また指名してねー」という言葉と共に画面が切れる。まあいい。今日はオンラインキャバクラが思った以上によかったことが収穫だ。達夫はそう考えることにして、来週の店の空き状況を早速確認し始めた。


「…ふう」

通信を切ったあと、「成美」はベッドにもたれかかり、一息ついていた。
次いでカメラの死角に設置してある音声変換用のマイクの電源を落としながら、今日のお客は妙なところで鋭かったな、と独り言ちる。
会話の途中、ネットが重たかったのかスマホを経由しているフェイスアプリの調子が悪く画面にノイズが走る場面があった。適当にごましたものの違和感を覚えたのか、相手は少し不審そうな顔だった。場合によってはスマホを買い替えてもいいかもしれないと成美は考えていた。

アルバイトのつもりで始めた仕事ではあるが、思ったよりも稼げており、今月はなかなかの収入を達成していた。わざわざ本業の方で残業などしなくても良くなるかもしれないと期待が持ててくる。
蛇の道は蛇というか、客層が喜びそうなフレーズや態度は承知している。これならしばらくは高収入でやっていけるかもしれない。

ぶるり、と成美は身震いしてトイレに入り、便器の台座を上げて立ったまま用を足す。調子に乗って少し飲みすぎたようだ。おっさん相手の会話はやはり苦痛なのか酒の量が多くなるのが問題だな、と考えながら、まあ自分もおっさんだけどな、と成美は一人皮肉な笑いを浮かべるのだった。

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