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【エッセイ】私が溺れたときの話とその教訓

 みなさん、猛暑酷暑のなか、いかがお過ごしでしょうか。私は死にそうです。しかも部屋のクーラーが不調で、弱だとそよ風、強でようやく部屋が涼しくなります。せめて八月中はもってくれないかと戦々恐々です。

 こんなに暑いと思いっきり川や海で遊びたくなります。世の方々も思いは同じようで、海水浴場は大変賑わっているそうですね。

 しかしそれにともなって、痛ましい事故もたびたび起きています。実は、私も他人事ではないのです。ほんの少しの差で、こうして文章を書いていることはできなくなっていたのです。

 今回はそのときの体験を書き記すことで、みなさんのいざというときの一助になればと思います。

 私が小学生のとき、学校行事で山あいの川に遊びに行くということがありました。川の深さは子供の腰くらい、天気も上々で水量が増えているということはありませんでした。そこを見た誰もが、まさかそこで事故が起きるとは思わなかったでしょう。

 しばらくクラスメイトと遊んでいた私は、辺りを探索したくなり、一人離れました。するとそれまでずっと深さが変わらなかったのに、急に深くなっているところがあり、私はそこで足を滑らせてしまいました。水深は私の身長と同じか、少し深いくらいでした。

 深みにはまった私はあっという間に流されてしまいました。その流れの速さは想像以上で、浅瀬で遊んでいたときとは比べ物になりません。川底はすぐそこに見えるのに、足をつくこともできません。

 浮き上がろうともがけばもがくほど、頭は沈んでしまいます。そして息苦しくなって口を開くと水を飲んでしまうのです。おそらくこのときが、私の人生においてもっとも死に近づいた時間だったでしょう。

 もうどうしようもないとなったとき、私の脳裏にある一文が浮かびました。それは、

「人は水に浮く」

 です。

 そもそも私は泳ぐことが好きで、友達とよく公営プールに遊びに行っていました。だから人体が水に浮くということは経験として知っていました。しかし今の自分の状況は、その経験に反しています。川に流されていても、流されながら浮かび上がるはずなのです。

 そこで私はもがくことをやめて力をできるだけ抜き、とにかく浮くことに専念しました。

 しばらくすると体の一部が水面から出たことがわかりました。私は水から出る部分を顔に移し、ようやく息をすることができました。

 そのままさらに流されていると、ようやく足がつくところにきました。そこから浅瀬に上がり、みんなのところに戻りました。

 本当に危ないところでした。あの一文が頭に浮かばなければ、あるいは浮かぶのがもう少し遅かったら、私は冗談抜きで死んでいたかもしれません。

 この記事を書くにあたり、溺れたときの対応を調べてみたのですが、私がこのとき取った方法は、それほど外れていませんでした。

 人体は二パーセントが水に浮かぶそうなのですが、助けを呼ぼうとしたりして手を上げてしまうと、そこが二パーセントになってしまい、逆に頭が沈んでしまうのです。このときの正解は、

「浮いて待つ」

 だったのです。

 仰向けに浮いて顔を出して呼吸をする、背浮きが一番いいそうですが、さすがにそこまでは思いつけませんでした。しかし力を抜いて浮くことに専念し、生命活動を第一に考えるところまでたどり着けたのは幸運、というか奇跡でした。

 しかし最初から対処法を知っていれば、そこまで苦しい思いをすることもなかったはずです。ですのでここから導ける教訓は、

「トラブルに対する対処法は、知識として仕入れておくだけでも、まったく知らないよりよほどマシ」

 ということです。

「人は水に浮く」や「浮いて待つ」は個々のトラブルに対しての教訓ですが、こうした個々の知識を支えるより大きな土台として、「トラブルに対する対処法は、知識として仕入れておくだけでも、まったく知らないよりよほどマシ」が上げられます。

 もちろん知っていたとしても必ずしも成功するわけではありませんが、トラブルに巻き込まれない確率が一割上がるだけでもはるかにマシだと私は考えます。

 ひとつ実例を上げます。

 私は中学のころ、海の近くに住んでいたことがありました。夏休みなど、ほとんど毎日のように海に遊びに行っていました。

 また、私は魚や水辺の生き物に興味があり、子供向けの図鑑をよく読んでいたので、どんな魚がどんな特性を持っているのかも知っていました(今ではすっかり忘れてしまいましたが)。

 そんな夏の日、私が堤防に行くと、おそらく都会から来たと思しき男性がうずくまって苦しんでいました。その横では、友人らしき男性がおろおろとしています。私は堤防に釣り上げられて放置されていた魚を見て、「ああ……」と思いました。

 そこに釣り上げられていたのは、赤、白、黒の縦じまの鮮やかなミノカサゴだったのです。

 私も実物を見るのははじめてでしたが、図鑑でその魚のことはよく知っていました。ヒレも大きくひらひらとして美しい魚なのですが、ヒレのトゲには毒があり、死亡例すらあるそうです。私のなかでは、ミノカサゴとゴンズイが毒のある魚の両巨頭でした。

 私はたとえ自分がミノカサゴを釣ってしまったとしても、絶対に素手で触ろうとはしなかったでしょう。しかしその男性は、知識がなかったため、触ってしまったのです。魚についての知識のあるなしが、男性の運命を決めてしまったのです。私は男性に、救急車を呼ぶことくらいしかアドバイスをできませんでした。

 もちろんすべてのトラブルに対する知識を仕入れることなどできませんが、少なくとも、自分が遊びに行くところにどのような危険がありうるかを調べるのは、決して無益なことではないでしょう。

 最後にひとつ、つけ足させてください。それは、人は浅いところでも溺れる、ということです。人は条件がそろうと、簡単に溺れてしまうのです。

 私が家族でプールに遊びに行ったときのことです。私と母がウォータースライダーで滑ることになりました。滑り降りた先は、浅い、膝上くらいのプールになっていて、係員が待機しています。

 私につづいて滑ってきた母は、そのプールでバシャバシャとしぶきを上げています。足でも滑らせて慌てているのかと思っていたのですが、いつまでたっても母は暴れるのをやめません。係員もこれはおかしいと思ったらしく、母の腕をつかんでかなり強い力で起き上がらせました。

 そこで判明したのですが、母は溺れていたのです。母は、自分では水面に向かっていたのに全然水から出ないのでパニックになってしまったといっていました。ちなみに母は、若いころかなり水泳をしていたそうです。

 これはおそらくですが、母は空間識失調になっていたのではないでしょうか。wikiによると空間識失調とは、

「主に航空機のパイロットなどが飛行中、一時的に平衡感覚を失う状態のことをいう。健康体であるかどうかにかかわりなく発生し、高機動状態下で三半規管からの知覚と体感する平衡感覚のズレから機体の姿勢(傾き)や進行方向(昇降)の状態を把握できなくなる、つまり自身に対して地面が上なのか下なのか、機体が上昇しているのか下降しているのかわからなくなる、非常に危険な状態。しばしば航空事故の原因にもなる」

 また、「ベテランのパイロットといえども程度の差こそあれ必ず陥る症状でもある」とのことです。

 母はウォータースライダーを滑っているときに高速で上下左右に揺らされ、平衡感覚がおかしくなってしまったのでしょう。母の「自分では水面に向かっていたのに全然水から出ないのでパニックになってしまった」という証言は、「自身に対して地面が上なのか下なのか、機体が上昇しているのか下降しているのかわからなくなる」という空間識失調の状態と合致しています。

 実際、空間識失調は水中でも起こるそうです。

 では、自分が母と同じ状態に陥ってしまったら、どう対処すればいいのでしょうか。最後にこれを考えてみたいと思います。

 飛行中での空間識失調の対策に、「自身の感覚よりも航空計器の表示を信じて操縦する」ということがあります。確かに、「ベテランのパイロットといえども程度の差こそあれ必ず陥る」感覚の狂いと、計器が故障する確率を比べたら、後者のほうがずっと少ないでしょう。

 これをもう少し一般化させると、「自分の主観的事実がおかしいと思ったら、客観的事実を選択する」となります。そのうえで、母の状況に適応させます。

1 脱力する。体が緊張して力んでいると、頭もそれにつられて焦ってしまい、冷静に考えられなくなります。人は十秒くらい呼吸ができなくても死にはしません。脱力して心と体を落ち着かせます。

2 目を閉じる。このプールは水色に塗られており、それがさらに視覚情報の混乱に拍車をかけていた可能性があります(空の青と区別がつきにくくなっていた)。こっちが水面に違いないという思い込みを断ち切るために、いったん視覚情報を遮断するのは有効かと思われます。

3 プールの底を確認する。客観的事実として、ウォータースライダーのプールは水深が膝上くらいしかありませんでした。それなりに成長した人間が脱力すれば、必ず手足は底につくのです。

4 上下を確認する。たとえ自分が上だと思っているのだとしても、手足がつく方は下であり、その反対が上なのです。

 ここまでくれば、水面から顔を出すことも難しくはないでしょう。

 ここで私が書いたことは、ごく当たり前の、つまらないことだという自覚はあります。しかし、水泳が得意だったはずの母は、パニックになった結果、ごく当たり前のことがまったく頭に浮かばなくなってしまったのです。

 最後に、このプールで溺れたときの対処は、私が机上で想像したものにすぎません。より詳しい対策をご存じの方がいれば、お教えいただければと思います。


この記事を書くにあたり、主に次のサイトを参考にさせていただきました。

http://bayside.gig.jp/sp/suinan-08.htm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E9%96%93%E8%AD%98%E5%A4%B1%E8%AA%BF
https://www.aopa.jp/japanese2007/giryouiji/aopaj_giryouiji_tokutei/web-content/1/3-3.pdf
https://www.automarine.jp/userblog/index.php?action=view&blog_id=2145672
http://y-murata.cocolog-nifty.com/diving/2008/07/post_beec.html
(こちらの方は泡の浮くほうを上と見定めていました。これも非常に参考になります)

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