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【怪談】呪われた家

 これは私が高校一年生のときの出来事です。

 その年の夏、私は両親と小学四年生になる弟の四人で、父の実家に遊びに行きました。そこは山あいにある小さな町で、中心部から少し離れるとすぐに田んぼや畑が広がっていました。

 父の実家では祖父母と伯父夫婦が同居しており、伯父さんと伯母さんのあいだには何人か子供がいるのですが、成人したり大学進学で都会に出たりして、今家に残っているのは小学六年生の男の子だけでした。末っ子の従兄弟は、弟がきたことを本当の弟ができたように嬉しがっていました。

 従兄弟は私たちを虫取りの穴場に行こうと誘いました。そこではカブトムシやクワガタの大物が取れるとのことでした。私はそこまで乗り気ではなかったのですが、弟が大はしゃぎしていたので付いていくことにしました。

 翌日の朝五時、私と弟は従兄弟に起こされ、眠い目をこすりながら身支度しました。

 家を出る前、従兄弟は私たちにお守りを渡してきました。なんでこんなものが必要なのかと訊くと、穴場に行く途中、呪われているという噂のある空き家があるとのことでした。

 呪われているというのはただごとではありません。私は一体どんなことがあったのかと訊きました。

 従兄弟によると、その家には昔父親と子供が二人だけで住んでいたが、ある日、子供が事故で死んでしまった。父親はもともと近所付き合いが少なかったが、それ以降、めったに姿を見せることがなくなってしまった。そしていつの間にかどこかに行ってしまった。親しくしている親戚もいなかったらしく、空き家もそのまま放置されている――ということでした。

 その家の近くには雑木林の生い茂っているところがあり、その向こうから子供の声が聞こえてくるが、それに答えてはいけない。その声に返事をしてしまうと、その家に連れ込まれてしまうとのことです。そして友達から聞いた話として、肝試しでその家に入った子供が精神に異常をきたしてしまったということを教えてくれました。

 その様子のおかしくなった子供にこのお守りを渡したところ元に戻ったことから、従兄弟たちの間ではこのお守りを呪いよけとして持つことが流行るようになったそうです。

 自転車で穴場へ向かう途中、従兄弟は鬱蒼と茂る林を指さして、「ほら、あそこだよ」と教えてくれました。その雑木林の向こうに、くだんの空き家があるとのことでした。

 従兄弟は前日のうちにその穴場にある木に従兄弟が蜜を塗っていて、たくさんのカブトムシやクワガタが集まっていました。それを見て弟は目を輝かせました。持ってきた虫かごはすぐにいっぱいになりました。

 家に戻ってからも弟は虫かごに入った虫を眺めていましたが、自分のだけでなく、友達にもお土産として持って帰りたいと言い出しました。それを聞いた従兄弟は、帰る前の日にもう一度行こうと言いました。それに弟も頷きました。

 翌朝、私が起きると、すでに弟の姿はありませんでした。先に起きて遊びに出たのだろうと、特に気にしませんでした。しかし朝食の時間になっても姿を見せないので、さすがにみんなおかしいと思い始めました。

 家の周囲を探していると、自転車が一台なくなっていることが分かりました。弟は自転車に乗って遠出をしたのでしょうか。

 ふと私は、弟はあの穴場に行ったのではないかと思い当たりました。そこで従兄弟と一緒に穴場へと向かうことにしました。

 お守りを取りに行った従兄弟が、あわてて戻ってきました。弟に渡したお守りが、弟のリュックの上に載ったままだというのです。

「どうしよう。お守りを持たないで穴場に行ったんだったら、呪われちゃうかも」

 従兄弟が不安げに言いました。さすがに私はそんなことはないだろうと思いましたが、途中で事故に遭っているかもと思い、とにかく急ぐことにしました。

 私たちが自転車をこいでいると、あの雑木林の手前に、自転車が倒れたままになっているのを発見しました。

「お兄ちゃん、あれ!」

 従兄弟が指さしました。私はまさかと思いました。二人の予感がふたつとも当たってしまうことなんであるのでしょうか。

 ともかく、確かめてみないわけにはいきません。私たちは自転車をとめると、お守りを握りしめて雑木林の中に入っていきました。

 雑木林を歩いていくと、しばらくして場所が開け、ボロボロになった平屋建ての家が現れました。本来は別のところから入るようで、家の前には自動車が一台通れるくらいの道が通っていました。家の周りは落ち葉や腐葉土で埋まり、雑草が生い茂っています。家の壁には黒い染みが大きく広がり、屋根も歪んでいました。

 私たちは家に近づくと窓から中を覗き込もうとしました。しかし中からカーテンが閉められていて何も見ることはできませんでした。

 仕方なくおもてに回り、玄関の戸を開けようとしました。しかし戸には鍵がかけられていて開けることはできません。

 いったん帰って人を呼ぶべきだろうか。私が思案していると従兄弟が声を上げました。見ると玄関から右に回ったところの、台所の窓の下の小さな引き戸の鍵が壊れ、開くようになっていました。

 私はしゃがみ込み、中を覗きました。窓の曇りガラスから差し込む光に照らされた室内はすっかり荒廃しているようでした。

 しかし空き家とはいえ勝手に人の家に入ってもいいものだろうか。私には判断がつきませんでした。やはり大人たちに相談しよう、そう決めようとしたとき、中からガタリと音がして私たちは顔を見合わせました。

 私は弟の名前を呼びました。しかし返答はありません。

 しばらく耳を澄ませていると、ふたたびガタリと音がしました。

 やはり弟は中にいるのだろうか、そして何か思わぬ事態が起こり、助けを呼ぶこともできなくなっているのだろうか。そうだとしたら、一刻の猶予もなりません。

 意を決して私たちは中に入りました。

 家の中は埃とカビと、腐った木材のにおいが充満し、むせかえるようでした。私たちは口と鼻を抑えて廊下を進みました。床板も傷んでいて歩くたびにミシミシと音がし、場所によっては大きくたわんで私はびくりと足をどけました。

 私たちは弟の名前を呼びながらふすまを開けていきました。そして開けるたびに、そこに現れた異様な光景に息を飲みました。どの部屋にも、等身大の男の子の人形がみっしりと集められていました。そのどれもが同じような顔立ちをしていました。

 部屋を見回っていると、一番奥の部屋の人形の陰に、弟が横たわっているのを見つけました。私は急いで駆け寄り、弟に声をかけました。何度も弟の名前を呼んで体をゆすっていると、弟は呻き声とともにうっすらと目を開けました。

「あれ、ここは?」

 弟は辺りをきょろきょろと見回しました。弟は自分がなぜここにいるのかわからないようでした。

 弟に話を訊くと、やはり一人で穴場に行こうとしたのだが、その途中、雑木林の前を通ろうとしたときに自分の名前を呼ばれたような気がして自転車を止め、そこからの記憶が曖昧だそうです。

 ともかくここから出ようと、私は弟を立たせました。しかし弟の足がふらついていたため、私は肩を貸しました。

 そうして私たちは出口へと急いだのですが、台所の手前で床板がひときわ大きく音を立てたかと思うと、私は思い切り床板を踏み抜いてしまいました。膝上まで床下に沈み、その拍子で弟まで投げ出してしまいました。

「大丈夫!?」

 従兄弟が慌てて駆け寄ってきました。私は急いで足を引き上げようとしましたが、その足首を誰かに強くつかまれ、ぐいっと引っぱられました。私は抵抗するのですが、穴の周りの床も脆くなっていて、割れ目はどんどん大きくなっていきます。このままでは私自身が床下へと落ちてしまいそうです。

 従兄弟も足を引き抜くのを手伝ってくれます。そうして少しずつ足を抜いていくと、大きくなった穴の暗がりの中から、私の足首をつかむ手と、見知らぬ中年の男の顔が覗きました。私は悲鳴を上げて手を振り払おうとしますが、男の力は強く思うようにいきません。そうしているうちに周りの床板も砕けていきます。

 いよいよ駄目かと思ったとき、従兄弟が持っていたお守りを男に向けて投げつけました。男は音にならない叫びを上げ、その拍子に手の力が抜けました。その隙に私は足を引き抜きました。男は憎々しげな表情を浮かべると暗闇の中に消えていきました。

 私たちはほうほうのていで外に出ると家路につきました。

 それからもう何年も経ちますが、弟に特に異常はありません。また、従兄弟にあのことを誰かに言ったことがあるのかと訊きましたが、「さすがにヤバすぎて誰にも言えない」とのことでした。

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