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【怪談】壁の染み

 私の通っていた高校には、七不思議というものはありませんでしたが、どうしてもおかしい、ひとつだけの謎がありました。

 校舎の二階から三階に上がる階段の踊り場に、天井と壁のあいだから赤茶けた水のしたたった跡がありました。
 天井と壁のあいだに隙間はなく、これはどこから入ってきたのだろうと、生徒たちは不思議がっていました。
 一度、夏休み中に塗り直されたことがあったのですが、いつの間にか、同じように濡れた跡がついていました。
 外壁にひびが入っているわけでもなく、外から水が入ったということでもなさそうです。
 みんなして、不思議だ、不思議だといっていました。

 十月のある日です。
 Yさんは部活が終わった後、駅まで行ったところで教科書を学校に忘れたことに気づきました。
 その教科書がなくては、明日提出の宿題をすることができません。
 Yさんは急いで学校に戻りました。

 秋の日は釣瓶落としというように、どんどんと空は暗くなっていきます。
 生徒はすでにほとんど帰っており、校舎の明かりも消されています。
 そろそろ校門も閉じられてしまうでしょう。

 Yさんの教室は三階にあり、一番近い階段は例の、染みのある階段です。
 Yさんは気乗りしませんでしたが、そうもいってられません。
 Yさんは階段を上っていきます。

 階段の途中で、染みが目に入りました。
 そこでなにかがおかしいと思い、Yさんは足をとめました。
 しかし窓から差し込む光はとぼしく、ほかに光源といえば非常灯くらいでよく見えません。
 Yさんは目を凝らしました。

 どうもあの染みが動いているような気がします。
 いや、実際に、あのゆらゆらと揺れている染みだと思っていたものは、今では長い黒髪になっていました。

 Yさんは悲鳴を上げて後ずさりました。
 逃げたいのはやまやまですが、目を髪から離すことができません。

 すると、髪の両側から、細い指が出てきました。

 かり……かり……。

 指は壁を引っかきます。それに従い、手、腕と現れてきます。

 逃げなくちゃ、Yさんは必死に念じます。
 これ以上、“あれ”が姿を現さないうちに。しかし足は麻痺してしまったように動きません。

 しかし、“それ”はそれ以上姿を現しません。
 まるでなにかに押しとどめられているようです。

 ――今がチャンスだ!

 Yさんはダッシュで逃げだしました。
 忘れ物など、もうどうでもいいです。

 翌日、Yさんが壁を確認すると、髪はただの染みに戻っていました。

 話を聞いた私は、Yさんと一緒に、学校で人が死んだことがなかったか調べることにしました。
 しかし先輩や先生に訊いても、そのような事実は出てきませんでした。
 そこで図書室で校史を調べると、現在使われている校舎は、昭和の終わりに新築されたものであることがわかりました。

 今度は図書館に行き、校舎の建築期間中の古い地元の新聞を調べました。
 すると、新校舎を建てていたとき、女性が倒れた建築資材の下敷きになって死亡したという記事が見つかりました。

 もしかしたら、そのときの資材があの踊り場に使われていたのかもしれない――。
 そして、資材に潰されたから、あの女性の霊はそれ以上出てくることができなかったのかもしれない――。
 私とYさんは、そう結論づけました。

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