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かぐや姫は地球に行きたい 2-14

 「いくつか聞きたいことがあるのだけれど」

 お茶を飲みながらゆったりと聞いてくるおばあさんに、姫はおじいさんを介抱する手を止め「はい、なんでも」と、答える。

「あなたの本当の齢……というより大きさはそのくらいで合ってるんです? なにぶん竹に入っていたのを私たちが勝手に大きくしたようなとこがあって……」
「ああ、これですね」

 姫は手近にあった小槌型の機器を手に取る。おじいさんとおばあさんには小槌型の何かとしか分からなかったが、月の姫にとっては馴染み深いものだった。その時、横たわっているおじいさんが「あぅっ」と、何か言いたげにうめく。

「どうしました、父上?」
「それはなんだ、と聞いてますね」

 おじいさんを一瞥し、代弁するおばあさん。

「あー、どう訳すべきか……成長促進ビームみたいなもので、これを当てると対象の時を進めることができて……。ほぼタイムふろしきなんですけど、タイムふろしき分かんないですもんね?」

 未来のネコ型ロボットのひみつ道具の名を出してみるが、その物語が生まれるはるか前の時代のおじいさんとおばあさんには当然伝わらない。

「私の体を幼児化させ、地球で大きくして記憶も取り戻させるつもりが、何らかの事情で輸送管に送ることになり、月の者――あの画家が受け取るつもりが、父上に先を越されたという感じでしょうかね。でも父上と母上がこれを使ってくれたおかげで、ほぼほぼ月にいた頃と変わらない歳になってますね」

 とうとうと説明されてもおばあさんには訳が分からなかったし、おじいさんは「あぅあぅ」と、何か言いたげにうめいている。

「どうしました、父上?」
「……それを餅に当てるとどうなる? と聞いています」

 またしても代弁するおばあさんに、姫は眉をひそめておじいさんを見る。

「……カビるんじゃないですか」

 しょーもなという顔になった姫に、今度はおばあさんがおじいさんを指さして聞いた。

「この人に当てたらどうなりますかね?」
「……実例がないので定かじゃありませんが、とことん老化して寿命が尽きるかと」

 正直に答えつつ、背中に嫌な汗が流れる姫に対し、おばあさんは満足気に頷いている。姫は「父上、生きて」と、おばあさんに倒されて未だ起き上がれないおじいさんに、心の中でそっとエールを送った。

「それにしても、あなたはどうして地球へ来たんです? 月の王様に薬を盛られるなんて、ただ事じゃないでしょう?」

 おばあさんの次の質問に、姫は何から答えるべきか思案し「あー」と、言葉にならない声を出す。

「話せば長くなるんですが……月には王族が手を出してはいけない薬というのがありまして」
「それに手を出して怒られたのね。で、卑しい地球に来るのが罰ってところですか?」

 話そうとした全てをあっという間に要約したおばあさんに、姫は驚きと感嘆の目を向けるが、姫と共に暮らしたおばあさんからすれば、あまりに単純な事情だった。

「ちゃんと反省はしてるんですか?」

 おばあさんがそう聞けば、薄々予想はできていたことだが、小首を傾げ「反省ってなんですか?」という顔になる姫。おばあさんはため息をつきながら、会ったこともない月の王様に同情した。

「あ、でも、どちらかと言えば、地球に住むことより、地球に来る手段が罰だったんですよね。まあ私は、事前に睡眠薬を飲んだおかげで、全然罰になりませんでしたけど」

 あっけらかんと言い放つその意味が、完全に理解できたわけではないおばあさんだったが、目の前の娘が性悪娘であることは完全に理解できた。月の王に代わって仕置きをするのが務めだと覚悟したおばあさんは、せめて帰りは睡眠薬を飲ませまいと心に固く定める。

「……いつかは月に戻るんでしょう? いつ帰るんです?」

 おばあさんがそう聞けば、姫は「うーん」と思案して、いかにも適当そうに答えを出す。

「こっちの時間であと十数年は、いられるんじゃないですかね」
「十数年ですか……」

 そう呟くおばあさんは、なんとしてでもその時まで、この姫を制圧して罰を受けさせるだけの力を保っていなければ、という静かな決意に燃えていた。
 一方、おばあさんの呟きに何を思ったのか、姫もまた、とある決意に燃えていた。

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