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かぐや姫は地球に行きたい 1-13

 月の表面温度は、日の当たらない夜間にはマイナス170度にもなるとか。だが月の地下深くに住む月の者たちにとって、昼夜の気温差はさして問題とならない。人工的に管理された温度と明るさで毎日快適に過ごしている。

 パーティーの喧騒がわずかに聞こえる姫の部屋。地球から取り寄せた、白いマントとシルクハットに身を包んだ姫は、全く闇に紛れていない。

「今宵、お出かけですか?」

 音を立てずに扉を閉めた姫は、背後からかけられた声にビクリと肩を震わして振り返る。

「あ〜ロダ〜。びっくりさせないでよ。あなた、パーティーは?」
「姫様が退席されましたのに、私だけ楽しめるでしょうか」

 しれっと抜け出したはずなのに、なぜかロダにはバレていることに、姫は首を傾げる。

「今日は使用人たちもみんな、中庭ではしゃいでるはずなんだけど」
「ええ。はしゃいでますね。宮廷の周囲に住む町人まで招待されて、首相主催のこの宴、かつてないほどの盛り上がりですよ。……全て姫様の思惑通り」

 口角を上げて言うロダは、姫から見ても、惚れ惚れするほど純粋な悪巧み顔で、姫は自分の思惑が見抜かれていたことを察した。
 姫が政策案と引き換えに首相にお願いしたこととは、使用人や町人までをも巻き込んだパーティーの開催だった。順調に進む企みを誰かに自慢したい気持ちもあった姫は、ちょうどいいかと、いつものようにあっさりと白状する。

「どうせ門番たちもお酒を飲むでしょ? その上、町人の出入りが許されてるでしょ? 今夜、門のチェックはゆるゆるを越えてガバガバよ。正面突破で抜け出せる」
「お手伝いさせていただきます」

 いつものようにあっさりと、ロダが加担しようとすれば姫は大きく頭を振った。シルクハットからこぼれる髪が、白いマントにさらりと流れる。

「いいえ、今日は私一人で。あなたは来ちゃダメよ」

 姫にしては珍しい、どこか温かみのある目が向けられ、ロダは姫の今日の目的を悟る。そうじゃないといいと願っていたこと、だけど、きっとそうだろうなと思っていたこと。

「……もしや、時止めの薬ですか」
「ええ。不老不死になれる薬を、近くの薬局から頂いてこようと思って」
「……その格好で?」

 薄暗い中、純白の衣に包まれた姫は、何かをこっそり盗みに行くには、あまりにも目立っていた。姫が薬を盗みに行くことを、ロダがすぐに確信できていなかったのも、泥棒に不向きのそのファッションのせいである。

「もちろん。これが怪盗の正装なんだから。大胆不敵で華麗でしょ? 予告状は暗号を考えるのがめんどかったから割愛したけど。それに、お宝は調べたらすぐに返すの」

 嬉々として説明しながら、くるりと回ってなびくマントを見せてくれる姫だったが、地球の読み物に詳しくないロダにはよく分からなかった。しかし、姫がせっかく盗んだ後、返すつもりであることには引っかかる。

「薬をお飲みにはならないってことですか? てっきり今までと同じく、ご自身で効果を確かめたいのかと」
「飲まないわよ。成分や反応の仕組みがどうしても知りたいだけ。この月の姫としての立場を蔑ろにできるほど、私は愚かじゃないわ」

 キッパリと言う姫は、奇抜な扮装をしていても、紛れもなく気高い月の姫であり、ロダは身が引き締まる思いをした。「失礼しました」と、頭を下げれば、姫は軽く笑い声を出す。

「いっそ飲んでしまえば、地球に行けるかもって、思ったことも嘘じゃないけどね」
「……やはり姫様は、地球に惹かれるお心があるのですね」

 地球は苦しみの地だと、レオに聞いた時の姫の顔を見た時から、ロダはそんな気がしていた。確かに、地球で暮らす人の苦しみはよく耳にする。でも、地球の本を読む姫はいつも、苦しみとは対照的な楽しそうな顔をしている。

「あんなに面白い読み物がたくさんある地球は、本当に苦しみの地なのかしら。もしかしたら、私たちが知らない喜びや楽しみが、地球にはあるのかもしれないって、思ってしまうのよね」

 何かに恋焦がれているかのように、どこか遠くの一点を見つめ、静かにそう話す姫に、ロダも思わず同意してしまう。

「そうだとしたら、私も見てみたいです」
「だよね!? 気になるよね?」

 ロダの言葉に、途端に元気いっぱいになった姫は、ロダの腕を取り、ぶんぶんと大きく振る。

「でもまずは、不老不死の薬ね。自分の地について知らないのに、地球まで手を回せないわ。なんだか王族があの薬に手を出す自体、許されない雰囲気が出てて、悪いことをする気分になりかけてたけど、飲まないなら別にいいわよね?」

 無邪気な笑顔と共に、明るく首を傾げられたところで、門番たちを欺いて窃盗に行く時点で悪いことな気がするロダは、曖昧に微笑むことしかできない。だが、姫が自分を加担させようとしないのは、ようやく罪の意識が芽生えた証拠だと、前向きに考えることにして、ロダは姫の手を握り返し、軽く頷く。

「もし、姫様が地球に下ることになった時は、ご一緒いたしますから」

 姫が許されない前提のロダの言葉にもかかわらず、なぜか自信に満ち満ちた姫は不敵に笑い、白く輝くシルクハットをかぶり直す。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」

 そう言った姫が廊下を数歩進んだ先、そこに立ち塞がる1人の若者がいた。

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