見出し画像

かぐや姫は地球に行きたい 2ー6

 盗みに入っていた竹林の所有者が口にしたその名前が、大変気に入ったおじいさんは、自称月の者だという竹林所有者を名付け親とし、竹子の名をかぐやと改めた。そして、名付け親同席の元、三日三晩の宴を設け、ご近所さんからお偉いさんまで多くの人に触れ回って招き続けた。

 そんなことをしていたので、当然かぐや姫の存在は都中に知れ渡り、その美貌も相まって人が人を呼び、家の周りは常に野次馬で溢れかえるほど。
 おじいさんは集まった野次馬に、かぐや姫の手料理や繕いものを公式グッズとして売り出し、どんどん富を増やし名を上げていったのである。

「いい加減にこの騒がしさ、どうにかなりませんか」

 洗い終わった洗濯物の入ったタライを抱え、しかめっ面で帰ってきたおばあさんは、そう言いながらおじいさんにタライを押し付けた。今や、かぐや姫を一目見ようと、都中の老若男女が家を取り囲み、誰かが1歩外に出るだけで、もみくちゃにされるほどだった。

「一体、どうしたものでしょうか。私もそろそろ父上と山に入りたいのに」

 台所から現れたかぐや姫も、手作りの薬草の煮浸しをつまみながら不満げな顔をしている。すかさず「お行儀が悪い」と、膝カックンでかぐや姫を座らせたおばあさんは、モヒモヒと草を食み続ける彼女を呆れた目で見る。

「かぐや、よくそんな苦いものをそのまま食べられますね」
「そうじゃよ。いくらかぐやの手料理とはいえ、あまりにそれは売れん」

 同調するおじいさんを「もう十二分に稼いだでしょ」と、おばあさんは目線だけで黙らせる。おじいさんは雷を怖がる子どものように肩をすくめて、そそくさと洗濯物を干しに行った。
 おじいさんが裏口から出た瞬間、一段と大きくなった人のざわめきが聞こえてくる。

「なんかこの苦味、クセになるんですよね〜。体が欲している感じがして」

 外の喧騒は我関せず、かぐや姫はよく噛んで味わいながら薬草を食べ続けている。丼一杯の煮浸しが空っぽになる頃、おじいさんが「ばあさん、すまぬ!」とヘロヘロになって戻ってきた。

「ばあさんの下着、かぐやのだと思われてとられてしまったわい」
「何をふざけたことを。ほんとのところは?」
「高値で売った」

 あっさりと白状するおじいさんに、おばあさんは大音量の舌打ちを響かせると「このっ、強欲ジジイっ!」と叫びながら飛び蹴りをかます。案の定、始まるアクロバティック夫婦喧嘩と、ミシミシ揺れてホコリが落ちてくる家に、かぐや姫は煮浸しのお代わりを守りながらため息をついた。常ならば中庭にもつれ込み、思う存分喧嘩する2人だが、それを家の中でやられてしまっては、家が壊れかねない。

「父上も母上も随分とお疲れね……」

 かぐや姫はしばらく考えを巡らせると、大きな声で2人に向かって提案する。

「試しに私が外に出て、もう集まるなと言ってみましょうか?」

 間髪入れず「それはダメ」と返ってくる2重の声。なお喧嘩は止まっていない。

「じゃあ、どうすれば?」

 かぐや姫の大声の問いに「そうじゃなぁ」と考え込むおじいさん。なお喧嘩は止まっていない。

「簡単な方法は、お前が婿を取ることじゃな。大多数がかぐやと結婚させてくれと訴えてくる奴らだからの、お前が身を固めれば諦めるだろう」

 とうとうと解決策を述べるおじいさん。なお喧嘩は止まっていない。

「……結婚……ですか」
「姫様、それはなりません」

 かぐや姫の呟きに、どこからともなく部屋に男(かぐや姫の生まれた竹林の所有者/元月の者/かぐや姫の名付け親)が現れ、とんでもないと首を振る。この男の登場で夫婦喧嘩はようやく止まった。

「おい、どっから入ってきた」

 いや、喧嘩腰になる相手が代わっただけかもしれない。おじいさんのドスの効いた声に、男は一瞥もせず答える。

「一度場所を見さえすれば、移動し放題なもので」
「お前は、かぐやの名付け親。大事な客人だぞ? 玄関から入ってこい!」

 声色はブチ切れているのに、内容はもてなしの心で溢れているおじいさん。

「この家の周り、玄関から入れる状態じゃないでしょう。全く、記憶のない姫様がこの家の方が良いと仰るから、仕方なく許しましたが、やはりこんな所に置くべきではなかった」

 大袈裟に悲嘆した声で言い、首を横に振る男に、おじいさんとおばあさんは顔をしかめる。

「確かに狭いしボロいし、とってきた物で溢れかえってるが、お前を泊めるくらいの場所はあるんじゃぞ!」

 おじいさんの返し文句に、おばあさんは「何言ってんだこの人は」と、しかめた顔を向ける先を変えた。

「だから、そんな汚れたところになど泊まれるはずがない!」
「力づくで泊めたるわい!」

 身を仰け反らせて叫ぶ男に、意気込んで構えるおじいさん。結局のところ、おじいさんはなんやかんや言って瞬間移動のできるこの男と、手合わせをしたいだけなのである。それを悟ったかぐや姫は、ようやく箸を置き、煮浸しを片付ける。

「手合わせなら私も参加します。2対2でどうです?」

 かぐや姫の提案にすぐさま賛同するおじいさん、「新しい家を探さなくちゃ」と家が壊れる予感しかしないおばあさん、「いやいやダメです、ダメです」と、慌てる月の男。

「姫様がそのようなこと、とんでもない。月の王になんと報告したらよいのでしょう」
「そんなもの適当に編集して報告すればいいじゃないの」

 月にいた記憶の欠片もないかぐや姫は、無責任かつ適当に男をなだめすかし、握りこぶしを固める。

「出さなきゃ、おやつ抜き! グーとパーで、分かれましょっ!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?