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かぐや姫は地球に行きたい 1-2

 姫の持つ豊富な知識は、彼女の尽きない知識欲と、驚異的な記憶力によるものだった。

 5歳の頃に宮廷図書にある全ての本を読み尽くし、それ以後は、地球に住む月の者を頼りに、古今東西ありとあらゆる読み物を取り寄せ続けている。好奇心旺盛な姫は、読んだものからすぐさま情報を(生きていくのに必要のないことから、知ってくれるなということまで)吸収し、一度読んだものは再び開くことはしない(そのため、姫に本を渡す月の者たちの多くが、地域の図書館やレンタルブック店で済ませ、お財布が助かっていた)。

 姫は月刊宮廷マガジンのインタビューで、こう語っている。
「本を読めば、自らが体験しなくとも、あらゆる経験を得られる。それって最高に効率がいいでしょ? 特に、近代日本で増えてきたマンガという形式には驚かされたわ。吹き出しが真っ黒で、そこらの小説に匹敵するほどの文字数の物もあるのに、絵がついてるだけで読みやすく感じるって不思議よね」

 地球の読み物の中で、姫が特に気に入ったジャンルがある。それが、怪盗や探偵が出てくるような推理ものだ。
 その影響があったかどうかは知る由もないが、姫は次第に、痺れ薬や眠り薬を作るための薬草を育てるようになったり、王に出す食事にお手製の薬を盛ろうと厨房に侵入したりするようになっていった。誰彼構わず、自作の発信機や盗聴器を仕掛け、宮廷を自作のスケボーで移動し、自作の蝶ネクタイ型の変声機で人を惑わし、自作の腕時計型の麻酔銃を携帯するようにもなり、姫の教育係や侍女含め、姫に関わる人全ては日々、大いに手を焼いていた。

 そしてもう一つ、周囲の頭を悩ませていることがある。それは、姫が一度読んだ本の内容は事細かに覚えているのに、人の顔と名前は、何度会っても覚えられないこと。驚異的な記憶力は、姫にとって興味があり、益となることにしか発揮されないらしく、人間関係に関する脳内メモリは、ある意味驚異的なまでに欠落していた。

 辛うじて、姫の脳内に存在が保たれているのは、五本の指で数えられるほど。その五本指からあぶれた者は、姫と会う度に、自己紹介やこれまでの遍歴から会話を始める羽目になる。姫の婚約者でさえも、そのあぶれた者の一人で、毎度「はじめまして」から始まる姫と彼の会話は、見ている周りが気の毒に思うほどだった。

 それでも、そんな姫を王はいつも笑って(近年苦笑いが増えてきた)許しているし、何より、姫には一切の悪気がないことが、誰も姫を恨めない理由だった。妙な薬を盛るのも、本の登場人物の真似をするのも、姫の純粋な好奇心と興味が、その能力に応じて突っ走っているだけに過ぎないのである。

 大いに手を焼き、気を揉み、振り回され、ストレスで胃に穴があいても、宮廷の人間は、彼女を次期女王として心配はすれど、行動を改めさせようとしたり(まずもって無理だし)、陥れようと企んだり(そんなことしたら逆襲が恐ろしいし)することはなかった。

 しかし今、姫は自ら、この月の禁忌に向かって、突っ走ろうとしていた。

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