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かぐや姫は地球に行きたい 2-3

 さて、竹子を連れ帰ってきたものの、いざ世話をするとなるとどうしたものかと、おばあさんは頭を悩ませていた。

 今ここで用意できるのは重湯くらいで、乳を飲ませるにはどこからかもらってくるしかない。しかし、人の形はしていれど竹から生まれた赤子が、他の赤子と同じ世話でいいとも思えない。
 腕に抱く竹子の肌は、ふっくらと艶やかでありながらも、月のように白く輝いていて、「ほら、よその子とは違うんだに」と、おばあさんは呟く。

「となり村の桃の子は、一体何を食べさせているんでしょうか」
「入ってた桃でも食わせたんじゃろ」

 おばあさんの疑問の声に、何も考えていなさそうな軽い調子で答えてくるおじいさん。

「……入ってた卵の殻を食う虫じゃあるまいし」

 何より、まだ歯もなさそうな赤子に、竹を食べさせるわけにはいかないし、こんなに可愛らしい赤子に、よりによって竹を食べさせるわけにはいかない。
 安易に何か食べさせる前に、ひとっ走り情報を仕入れてくることにしたおばあさんは、仕方なく竹子をおじいさんに預けた。

「しっかり見ててくださいね。お願いですから、何もしないでくださいよ」

 そう言い、打掛を取りに行った瞬間、背後からおじいさんの太い驚き声が上がる。

「何されたんですか!?」

 急いで戻ったおばあさんが見たものは、赤子から一、二年分は成長したであろう幼子だった。驚くことに大きさの合った着物を着て、板の間にちょこんと座っている。
 その横には、竹子と共に入っていた小槌を片手に、呆けたように口を開けたおじいさん。

「……何をされたんですか?」

 明らかに怒気を含んだおばあさんの声に、からくり人形のようにギリギリと首を回し、おじいさんは引きつった顔で答える。

「いや……わしにもよう分からんのじゃが……。ちとあやしたろうと、この小槌を振ってみたらのぉ」
「まさか、竹子が大きくなったなんて、言いませんよね?」
「さすがばあさん、その通りじゃ。ほれ、見てみ」

 視線を竹子に戻したおじいさんは、おばあさんが止める間もなく小槌をもう一振り。
 ぎゅんと一回り大きくなる竹子。

「何さらすんですかぁっ!」

 目の前で行われた暴挙におばあさんは叫びながら、おじいさんの手から小槌をかすめ取る。が、おじいさんも離さまいと力を込め、小槌が大きく振れた。
 ぎゅんと一回り大きくなる竹子。

「なんてことをっ!」

 膝から崩れ落ちるおばあさんの横、おじいさんは「あっ」と息を飲んで、指をパチンと鳴らす。

「分かった! ほら、いつだったか山越えた向こう村の話を聞いたじゃろ? 一寸ほどの背丈しかなかった子が、小槌を使ったら大きくなった話」

嬉々として話しかけてくるおじいさんに、おばあさんは未だ衝撃から立ち直れていないものの、どうにか言葉を返す。

「……願いの叶う、打ち出の小槌ですか?」
「そうそう、それじゃよ、それ」
「でも、背丈が大きくというか、成長してますよ。時が進んだかのようですもの」
「そりゃあ、これが、ものすごい打ち出の小槌だからじゃろ。畑の野菜に使えんかの? あ、餅に振って大きくなったらええやろなぁ〜」

 腕を組みウンウンと頷きながら、能天気に話し続けるおじいさんに、「餅に振ればカビるわ」と、軽く殺意が沸いたおばあさん。だが、その時、すっかり子どもの大きさになった竹子が立ち上がり、今にも駆け出しそうな素振りをしたので慌てて抱きかかえる。
 ずっしりとした重みと温かみを膝に乗せていたら、不思議とおばあさんの心は和らいでいった。

「じゃあ私は、おじいさんに向かって振りましょうかねぇ。さてさて、あといくつ歳を重ねられることやら」

 竹子を膝の上であやしながら、穏やかな声と表情で言ったおばあさんだが、その内容は全く穏やかではない。姿の時が進む打ち出の小槌が、おじいさんに向かって振られた場合、命の危険が生じることは想像に難くない。

「ま、ほれ、少なくとも、もう乳はいらんじゃろ。それもこれも、竹子を最初に大きくしたわしのおかげじゃからな」

 慌てて話を逸らすおじいさんを睨みつつも、確かにこれほど大きくなれば、いろいろ食べさせてみれると、おばあさんは竹子の顔をのぞき込む。

「竹子、何食べたい?」

 膝の上で至って静かな竹子は、何も言わず首を傾げるだけ。

「もう少し大きくして、竹子から直接食べたいものを聞けばいいじゃないか」

 さらにとんでもない提案をするおじいさんに、それもそうかと納得してしまうおばあさん。
 そんな感じの夫婦に育てられた竹子は、ちょくちょく理由をつけて大きくなり、ちょくちょく夫婦喧嘩に巻き込まれて大きくなり、三月ばかりで、妙齢の女性へと成長していた。

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