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かぐや姫は地球に行きたい 1-11 

 「若君! ご無事ですか!?」

 図書室に飛び込んできた人の気配に、姫は若君から手を離し、声の方を見る。

「あら、レオ。それにロダまで、そんなに慌ててどうしたの?」
「若君から、緊急SOSを受信しまして……」

 そう説明しつつ、月の法律全書を抱えて座り込む若君を見たレオは、確かにこれは大変な事態になったと唇を噛み、眉間にシワを寄せた。一方、姫が若君に手を回していた残像が見えた気がするロダは、大変なタイミングで邪魔に入ってしまったことに唇を噛んでいた。だが、青ざめた顔でへたり込む若君の様子を見る限り、もっと早く来た方がよかった気もして、困惑のあまり眉間にシワを寄せていた。

「そうだ。レオなら知ってるでしょ? 不老不死になる方法」

 若君から法律全書を奪うように取り上げ、姫はレオの元に駆け寄って見せる。

「ほらここに、時止人ってある。これ、有効な法なんでしょ?」

 上目遣いで伺い見られても、レオには「あー」と、肯定とも否定とも取られないように声を発することしかできない。姫は法律全書を脇に抱え直すと、ゆとりのある服の袖をゴソゴソと探り出す。それを見たレオは速やかに決断を下す。

「分かりました。僕の知っていることは全て、お話ししましょう」

 あまりにきっぱり、さわやかに言い放つレオに、思わずロダは「レオ様!」と、小声で制して袖を引く。レオは、お手上げ状態であることを文字通りのジェスチャーで示した。

「最早、隠し通すなど不可能だ。無理に誤魔化せば、月全体の安寧秩序に関わる。少なくとも僕は、自白剤や妙な薬品を打たれたくはないからね」

 レオは声を潜めることなく、四次元ポケット化している姫の袖から出てきた怪しげな小瓶をチラリと見て言った。

「しかし、陛下にも伺わず……」
「全ての責任はあの画家が取ればいい。ね、姫? 僕から聞いたってことは、秘密にしてくれますよね?」

 後半は姫の顔を見てレオがそう聞けば、姫は「もちろん」と、満面の笑みで小瓶を袖の中に戻す。

「早速、聞かせてもらおうかしら」

 こうして、常人ならば十にならぬうちに教えられる、時止め人の存在について、ようやく明かされる時が来た。
 月では古来より、不老不死になれる薬が製造されていること。時止め人は生殖力を消失するため、月の人口抑制に用いられていること。政府機関に申請し、審査の通った人は無料でその薬を受け取れること。認可された人は、町の薬局で飲み薬として処方されること……を聞いた姫は流石に驚いていた。

「薬局にあるの!? そんなお手軽なの、不老不死!」

 さらに、時止め人の割合は、宮廷では半数ほどだが、民間人では九割以上に上り、何百年、何千年と生きている人が大勢いることにも姫は驚いていた。

「そんなに不老不死の者がゴロゴロいるのに、どうして今まで気づかなかったのかしら」

 姫の驚き混じりの呟きに、その場にいる3人が3人とも「そりゃ、人の顔を覚えないからです」と、心の中で答えていた。

「時止め人にはならない王族への配慮から、王族に仕える者の多くは時止め人ではありませんので、お気づきにならなかったのでしょう」

 なんて、レオは一応、声に出してフォローをしてみれば、姫にじっと見つめられる。

「じゃあ、あなたは飲んでいないの?」

 その問いに、ニコリと笑い、胸に手を当てるレオ。

「僕は、姫たちと同じように、時を過ごしたいので」

 やけにキメ顔のレオに、姫はそれ以上追及することなく、横で「ケッ」としているロダに視線を移す。

「ロダも?」
「ええ。私がお仕えするのは、姫様だけと心得ております」

 微笑みと一礼と共に、ロダがそう言えば、姫は「じゃあ、あの……」と、背後を振り返るが、続く言葉が出てこない。また若君の存在が記憶から飛んだことを瞬間的に察したロダは、大急ぎで皆まで答える。

「姫様とご婚約中の若君様も、王族と見なされるため、薬は飲んでおられません」
「婚約……。あ、そう! 自称婚約者、忘れてないわよ。さっき本棚の動かし方を教えてくれたもの。ねっ?」

 絶対忘れられていたが、思い出してもらえただけでも奇跡に等しいので、若君は足取り軽やかに姫の方へ寄っていく。

「命ある限り永久に、姫様と共に歳を重ねていく所存です」

 姫が、膝をつく若君の手を取らなかったのは、レオとコメントが被っていたからではない。そんなことより気になることがあったからだ。

「法にある、苦しみの地って、地球のことなの?」

 眉をひそめて聞く姫に、代表してレオが「もちろん」と、大きく頷く。

「争いが絶えず、災害に見舞われ、人の命は短く、風のように儚い。その様子を為す術なく、一生見続ける。これ以上の罰はありません」
「そう……そうね」

 神妙な面持ちで同意した姫に、納得してもらえたと喜んだのはレオ。よくないことを考えていそうな気配がしたのはロダ。若君は、姫が自分を思い出してくれたことに未だにときめいていた。

「さて、これほど何もかもお教えしたのは、これ以降、時止めのことで姫のお心を煩わせることのないため。命を繋ぐ特別な権利を持っておられること、どうぞお喜びください」

 にこやかに話をまとめたレオに「そうね」と、頷きを返した姫の心は完全に、今後とも、時止めについての見聞を深める気満々だった。

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